『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜 』
WILLFUL 6−6
「さ、ケイル。練習だと思って、やってみなさい」
「は……はい」
緊張した面持ちで倒れている男に手をかざし、呪文を唱える。
「ヒール!!」
ケイルの声に答えるように、その両手から淡い光が洩れ、男の傷を癒して行く。
「う、ぅう……」
「あぁわわ!!」
目覚めた男に慌てふためき、ケイルはパタパタとメスティエーレの背後に隠れる。
「ケイル、大丈夫よ。縄でしばってあるんだから」
「そ、そうは言いますけど……」
恐々とした視線で、うっすらと目を開けてゆく男を見つめる。
当のその男。
現状があまり理解できていないのか、何度も瞬きを繰り返すだけである。
「う……ここは一体?」
「やぁ、いらっしゃーい♪」
「え……うぉわぁああああ!!!!」
叫び声は上げれても、その身体は縄によって自由を奪われている。
男は、目の前で満面の笑みを浮かべる新緑の髪の少女を、恐怖の眼差しで見つめていた。
心なしか、歯がガチガチ震えてるようにも見える。
無理も無いかもしれない。
なにせ自分をこんがり丸焼きにした少女なのだから――
「どうも、お目覚めいかが?」
「さささささささ……最……悪です……」
「ありゃま、そりゃあ残念だ……」
ニヤリとした笑みを浮かべるその表情に、さらに男が息を詰まらせる。
「ルージュ、止めとけ。これ以上はさすがにかわいそうだろ?」
銀髪に赤目の青年の言葉に、ルージュは男に一瞥をくれ、側を離れる。
「お、おい!! ここは一体どこだ!!? 一体何しやがった!!」
ルージュが離れたことで少しばかり威勢が戻ったのか、男が威嚇の顔で食って掛かる。
周りには、自分と同じように縛られ、なおかつ気絶したままの仲間がいた。
置かれている場所は、どこかの宿屋のような一室。
無論その部屋は、シラン達が泊まっている宿屋なのだが――
「あのさぁ……自分達が襲撃しておいて、“何しやがった”は無いんじゃないの?」
近くのテーブルで肘を突きながら、ため息混じりに言うのは赤目の青年によく似た、青の目をした青年。
その横には、黒髪の美女が腕を組み、無感情な目で自分を見つめている。
「へっ……なんのことだ?」
「…………………………………あっそ。そういう態度とるんだ?」
長い沈黙を置いてポソリと呟いたシランの言葉に、ルージュが再び男の前に立つ。
「ななな……何しやがる気だ!?」
恐怖心が招く態度は、それはそれは挙動不審で。
男は少し半泣きな顔で、小さい抵抗を言い放った。
――…ッボ!
だがそれを聞き流すような表情で、ルージュはその手に炎を出現させる。
「おおおおお、おい!!! こんな所でやったら……かか、火事になるぜ!?」
その言葉に、ふと考えるように視線をそらし、そしてその手から炎が消える。
男が小さくホッと息を吐いた次の瞬間――
『パチンッ』
――ギシィッ!!!
「ひぃいいいいいぁぁぁああ!!!」
鳴った指の音と同時に、隣で倒れていた男が一人、きれいに氷付けになった。
「燃えなきゃいいんだよね?」
満面の笑顔でそう言い放つルージュに、男は潤ませていた目からドバドバと涙を流しながらなお威勢を広げる。
「そそ……そそそんな事で……オ、俺が喋ると思っ、てるのかっ!?」
「喋るって、何を?」
「うぐッ……そ、それは……その……」
待ってましたと言わんばかりに、シランは席を立ちルージュを下がらせる。
「吐いてもらうよ? ぜーんぶね……」
「でで!! できねぇ! そんな事したら、俺の身が危険に……」
「だいじょーぶ! 安心してよ」
別の恐怖に怯える男に、まるで救いの手をさし伸ばすような言葉が返ってくる。
男は信じられないという表情で、おそるおそるシランを見上げる。
それに笑顔で応じながら、シランは続きを述べた。
「おじさんがどーなろうと、こっちは知ったこっちゃないから♪」
「え……?? た…助けてくれねーのか!?」
「なんで悪人助けなきゃいけないの?」
「違うだろ!! 普通は“大丈夫。安全は確保してあげるから”とか言うだろ!?」
「なんでぇ?」
「なんでって……そういう雰囲気だろ!?」
「雰囲気? 雰囲気を察しなきゃ行けないのはそっちじゃないの?」
シランの冷静な一言に、男は側に立つルージュの気配に気がついた。
その手には、今度はわが身を凍てつかすだろう青白い光が灯っている。
「さて、選ばせてあげるよ♪ ここで氷付けになって、仲間もろとも水中に沈むか。おとなしく吐いて、役人に捕まって人生をやり直すか……」
男は再びその両目からドバドバと涙を流すが、選択が変わる余地はない。
「どっちにする?」
細められたその青い瞳は、男にとって人生最大のトラウマとなった。
「やっぱりねー。大方ビンゴってとこかな?」
襲撃してきた男達を、あらかたの事情を話して、城門の兵士長達に預けた帰り道。
役人に突き出しても良かったが、もしそこにも絡んでる連中が居たとしたらやっかい。
そのために、シランの身分を知っている城門の兵士長に男を預けた。
無論、身体が入れ代わっているのはややこしくなるので話していない。
ルージュがシランになりすまし、適当にごまかして話は済んだ。
「で、どーすんの? 上層部にはシャフォードと組んでるのがいるんでしょ?」
横目でシランを見上げながら、ルージュは言った。
「いるよ。じゃないと、クビっていうリスクのある連絡の揉み消しなんて出来ないし……」
「じゃあどうやって動かしてもらうのさ?」
「何言ってんの?」
わからない?とでも言いたげに、シランはルージュを見て、笑顔を浮かべた。
「ボクは上層の上層の人と知り合いなんだよ〜?」
その言葉に目を見開き、そして苦笑を洩らす。
「そういうの、職権乱用とかって言わない?」
「言わない。コネっていうんだよ♪」
笑顔でそう切り返し、シランとルージュは他の仲間を待ち合わせにした広場に来た。
自分達が男たちを引き渡しに言っている間に、ティミラとブルーにはあることを確かめてもらうため、錬製学術の研究舎に足を運んでもらっている。
アーガイルとケイルには、再び街に出てもらい情報を集めてもらう事にした。
メスティエーレはどうやら目をつけられているようなので、宿屋で待機してもらっている。
「そーいえばさ、ルージュ」
広場のイスに腰掛け、シランはルージュを見上げて
「錬金術、どうなったの? ずいぶん進んでたみたいだけど……」
その言葉に、ルージュは隣に座りながらもニコニコとした顔しかしない。
「……何、見せてもらえないの?」
「ふふっ。実戦で見せたげるよ、そ・の・う・ち・ね!」
満足げに含み笑いを続けるルージュに冷や汗を流しつつ、シランは人々が行き交う街道に目を向けた。
「ねぇ、やっぱり追い返されてしまったんですって?」
「そうらしいのよ。どうしてもユイド様には会わせられないって……」
「ひどいわよね。あんなに大勢の人が言ってるのに、ちっとも聞いてくれないなんて」
「でしょ? 私たちだって心配してるのに、何も連絡も無いし……」
「今日も皆、会いに行ったのかしら?」
「そうみたいよ。でも駄目らしくて……」
側で立ち話をする女性二人の話。
“ユイド”という名前に、シランは眉をひそめて、その声に耳を傾けた。
「噂では、ユイド様。閉じ込められてるっていうし……」
「本当に?」
「噂、よ? だってあんなに街の人が門兵の人に頼んでいるのに、ちっともウェジルさんは聞いてくれないじゃない? ウェジルさんが何かしてるんじゃないかって……」
「ありうるわよね〜。ウェジルさんなら……」
「人気……無いんだなぁ、ウェジルって」
「何が?」
声を聞いていなかったルージュに、シランは女性二人を横目で見ながら
「こういう噂されるってのは、人望が関わってるんだよねぇ」
ため息混じりにそうぼやく。
「………ここまでして、上に立っていたいのかなぁ」
「え? 何?」
「うぅん。なんでもないよ」
笑いながら首を横に振り、シランは自分の腕に触れた。
自分の、といってもブルーの腕なのだが――
――……傷、けっこうあるんだ。
いつも身近にいて、何でも知っているつもりだった。
袖をまくった腕に、かすかに刻まれている小さなその跡。
――この傷とかって……あたしのせい、かなぁ……
「おう! シラン、ルージュ!!!!」
呼ばれる声にはっとして顔をあげた。
声の主は、こちらに向かって走ってくるアーガイル。
その後ろのケイルが顔を真っ青にしている。
「どうしたの!?」
「大変だ、ちょいこっち来てくれ!!」
ルージュとシランは顔を見合わせ、再び先に走り出したアーガイルとケイルを追った。
「どういうことなんだ!!!」
「そうだ、そうだ!! ちゃんと説明しやがれ!!!」
ロードの城門前。
そこには多くの人だかりが出来ていた。
罵声を浴びせる男たちや、怪訝な視線を向ける女性の先に居るのは、髪をオールバックにした男だった。
着飾られたその服が、あまり似合ってるとはいえない。
「ウェジルさん!! いい加減にしてくれ!! ユイド様はどうしたんだ!?」
「そうだ!! 納得できないぞ!!!」
食って掛かる街の人たちを、ウェジルの周りの兵士達が押さえ込む。
「こ、これってどうしたの!?」
人だかりの一番後ろからその状況を眺め、シランは声を荒げた。
「あの男……ウェジルがな、ユイドの代わりにロード代理を務めるって事らしいんだよ」
「えぇ!?」
アーガイルの言った言葉に、ルージュもシランも耳を疑った。
「なんで……こんないきなり!?」
「よく聞いてください、皆さん!!」
シランの疑問に答えるように、ウェジルが街の人々に言い聞かせる。
「今回、ユイド様がご病気だとお伝えしていましたが、それは実はウソだったのです!」
その発言に、人々の反感は一気に上がる。
だがそれさえ制して、ウェジルは続けた。
「実は……ユイド様は何者かに誘拐されてしまったのです!!」
誘拐の一言に、街の人々のざわめきが静まり返る。
「ど、どういうことなんだ!?」
一人の男性が言った質問に、ウェジルは悔しそうに顔をゆがめた。
「私はユイド様を護りきれなかった……この街に、私の失態で心配を起こすわけにはいかない。余計な心配をさせては、ユイド様に面目が立たぬ。だから、私は単独で犯人の捜索を行なっていたのだ……黙っていてすまなかった」
静かに頭を下げるウェジルに、誰もが顔を見合わせた。
その下で、ウェジルが笑みを浮かべているのは誰も気付かなかった。
「ユイド様が……ウェジルさん、探しててくれたのか?」
「じゃあ、あの行商人以外入れるなって命令は?」
「あれは、犯人達の何かの妨害になればと思い、出した物だ。下手に怪しい人間を招き入れぬため……」
「それで……結局どうなったんだ!?」
「うむ。捜索のおかげか、その犯人が見つかったのだ!」
顔を上げ、嬉々と手を広げてウェジルは続けた。
「ユイド様の早急な救出のためにも、早々に犯人を捕えねばならない!! だから私はロード代理となって、犯人を手配する!!!!」
その言葉に、人々から『そうだ!!』という喚声があがる。
「それで!! 誰なんだ、ユイド様をさらったのは!!!?」
「全員でとっ捕まえてやる!!!」
「その犯人はだな………」
ウェジルは静かにある方向に指を指す。
それにつられて、人々の視線が一点にあつまる。
「あの銀髪の青年達だ!!!」
「え……えぇぇえええッ!!?」
指されたシラン本人が大声を張り上げる。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ!!!」
一気に膨れ上がる怒気に負けぬよう、シランは大声でウェジルに反抗をした。
「どういうこと!? なんでボク達がそんな事をしなきゃいけないの!?」
「それはこっちが聞きたいわ!! なぜユイド様をさらった!!!」
「ふざけないでよ!! ロード・ユイドを幽閉、監禁しているのはウェジル!! アンタの方でしょ!!?」
「なぜ私がユイド様をさらわねばならぬのだ!! そもそも、貴様達旅人だな! 今、ここには行商人以外居れぬよう指令を出している!! 一体どうやってここに入った?」
「それは、行商人の護衛として……」
「おかしいな!! 私の所には、そのような報告は入っていないぞ!!?」
ウェジルの一言に街人たちの視線が一気に鋭くなる。
――や……やられたぁ〜!!!
シランは悔しそうに顔をゆがめた。
王女として無理やりに入ったため、シラン達が居る事など報告されるはずが無い。
身分を隠している、という理由で黙ってもらうよう、城門の兵士達に頼んでいたのだ。
それがよもや、仇になろうとは――
「シ、シランさん!?」
ケイルの声に我に返り、辺りを見回すと、すでに街の人々と兵士の交じり合った群集が自分達を取り囲んでいる。
「ちっくしょー……」
「強行突破、しようか?」
「だめ! ここで戦ったら、ユイドさんがどうなるか……」
アーガイルとルージュの戦闘体制を差し止め、シランは両手を静かに上げた。
それを見て、アーガイルは手にした剣を投げ、ルージュも静かに両手を上げた。
「全員連行するんだ!!!」
四方を兵士に固められ、シランは唇を噛んだ。
見つめる先のウェジルは、満足そうに笑みを浮かべていた。
「ざまぁ無いな……」
「……っ!!!」
通り過ぎざまに言われた言葉に、シランはさらに顔を歪ませた。
睨もうと顔を向けても、その先に兵士の剣が向けられる。
「歩け!」
その一言にため息を吐き、シランは静かに足を進めた。
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