『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私！？〜 』
ＷＩＬＬＦＵＬ ６−７
「ちくしょう、やってくれるじゃねーか……」
隠れた路地に身を潜めながら、ティミラは悪態をついた。
直ぐ横の通りを、数名の兵士が駆けて行く。
闇にまぎれて隠れる３人は気がついていない。
「ティミラとルージュ、俺の顔が割れてるな……」
「それで指名手配……ですか？ 随分ですね、ロード誘拐犯だなんて……」
「でもまぁ、敵さんも考えてんだろ？」
「そうだろう。何せ俺達は地位を脅かすかもしれないお邪魔虫だからな」
兵士が通り過ぎた道を覗き、気配が無いのを確認してブルーは立ち上がった。
「しかし……状況が状況なだけにやりづらい」
「片っ端からぶちのめしてくか？」
握りこぶしを手のひらに打ち付け、ティミラは舌打ちをしながら面白くなさそうに言った。
「やめなさいよ、ティミラちゃん。余計立場、危うくなるわよ？」
「まったくだ」
腰に下げている剣を確かめ、ブルーは闇の道の先を見据えた。
合流を果たそうとした広場に向かっている途中で、いきなり兵士達の集団に囲まれた。
意味もわからず、適当にごまかし、巻きながら道で出会ったメスティエーレと合流。
話を聞けば、宿に居た時いきなり兵士が部屋に乱入してきたので、術を一発放ってきたというではないか。
メスティエーレが聞き出した話は、自分達が指名手配されていると言う事。
そして、シラン達がすでに捕まっているということだった。
幸いティミラもメスティエーレも、ブルーも武器はキチッと所持している。
なるべくは避けたい戦闘も、これなら抜ける事が出来る。
すでに夕刻を迎えていた街の角に身を潜め、場所を少しずつ変えて夜を待っていたのだ。
「これからどうします？ 城には……行けないでしょうね」
「ウェジルの方はシラン達がなんとかするだろう。ルージュもアーガイルもいる。戦力に問題は無いだろう」
「で、オレ達はどーする？」
「一人、安否の確認をしに行かねばならないお方がいるだろう」
「じゃあ、さっそく襲撃に行くのかしら？」
「……メスティさん、言い方が違う」
「あら、失礼。救出、ね？」
笑みながらの言葉に、ブルーは力強く頷いた。
「あぁ。ロード・ユイドを助けに行くぞ」
「大人しく入っていろ！！」
「いだっ！」
――どしゃッ。
背中が押された衝撃で、思わず牢屋の出っ張りに足を引っ掛け、バランスを崩し、シランは思い切り前のめりに倒れこむ。
「痛いなぁ……ちゃんと牢に入るから、押さなくていいよ！！」
「うるさい！！ この悪人！！！」
「なんだよ！！！ 悪いのはボク達じゃないよ！！！」
「牢屋で吠えた所で、威勢もクソも無いぜ？」
そういいながら牢のカギを閉め、兵士は余裕の笑みを浮かべた。
「余計なことに首、突っ込まなきゃ良かったのになぁ……ま、どういう処罰が来るか。楽しみにしてるんだな」
ぐっと息を詰めるシランを見下ろし、兵士は笑いながら牢の廊下を歩いていった。
しばらくして、辺りに響いていた靴音も消えた。
「うー……！！！ なんだよ、皆して！！！！」
「シラン、やめときな」
床に胡座をかきながら、ルージュはシランを諭す。
「だって！！ 余計なこととかって言ってるよ！！！」
「そう言うだろうね。多分あの兵士、ウェジルが抱え込んでるよ」
「それって、どういうことですか？」
牢に叩き込まれたことも重なってか、少し顔色が悪いケイルが不安げに問う。
「つまり……城門の兵士以外は、ウェジルの策略を知ってて手伝ってる奴が多いってことだろ？」
「全員、かどうかは不明だけど……おそらく大半がね」
アーガイルの説明に、ルージュはそう付け足した。
それを最後に、全員がしばらく黙り込んでしまった。
牢屋には、一切の物音がせず、ただ沈黙が漂っている。
「………あの〜」
数分たったのち、どこからか遠慮がちな声が響いた。
シランは顔を上げ、笑みをこぼした。
行方不明になっていた、聞いた事のある声。
「……セバスさん、ですよね！？」
「あ、その声……ルージュさんですかぁ？」
「え……あ、いやその……えっと、とにかく無事ですか！？」
「あぁ、はい。ちょっと寒いですけど……」
能天気に答える言葉に、シランは満足そうに頷いた。
「よっし。狭いから……剣は振れないね……ルージュ、開けれる？」
その質問にウィンク一つで答え、ルージュは呪文を唱え、カギに手をかざした。
カチリという音が響き、牢の錠が外れる。
「セバスさん！ どこですか？」
「あ、こっちです〜」
自分達よりさらに奥の牢。
そこから声は聞こえた。
適当に覗き込んでいくと、ある場所で見慣れた白衣の青年がいた。
「よかった、無事で……」
覗き込むと、セバスはふと顔を上げて外側に寄って来た。
「あれ？ ブルーさん……だったんですか？ 口調から、てっきりルージュさんかと思ったんですけど……」
「あぁ……いや、あのぉ……ボク、シラン……なんだよね」
「へ？」
突発的なセリフに、セバスはずれた眼鏡を直しながら瞬きをした。
その横から顔を覗かせるのは、緑の髪の少女。
「ほらぁ、セバスさん。僕等に変な薬、飲ませたでしょ？」
ルージュの言葉に、セバスはしばらくあさっての方に視線を泳がせながら頬を掻いた。
「……あぁ、あれですか？ あれってどんな効力、ありました？」
「ど……どんなって……？」
セバスがのん気に言った言葉に、シランは思わず脱力した。
「えぇ！？ 身体が入れ代わるって！！？」
「そうでーす」
「そうですか〜……そんな効力がありますか、あれは……」
「もしかして、調べてなかった？」
ルージュの言葉に、セバスはやはり笑顔を浮かべて、
「えぇ。めずらしい薬草が手に入ったんで、適当に作ってみたんですよ〜」
その言葉に、シランとルージュが凍りついた。
「あ、あれって実験途中なんじゃないの？」
「えぇ、ですからぁ。どんな効力があるのか、実験途中だったんですよ」
――ピシィッ。
「か……確信犯？ もしかして……」
「なんのことですか？ あ、そういえば入れ代わる身体はランダムなんですかねぇ？」
多分素なのだろう、平然と答えるセバス。
何を言っても聞かぬと理解し、シランは大きく息を吐いた。
「まぁ、それは全部後にしよ。ルージュ、ここも開けて」
そう言われ、ルージュはセバスの牢の前にしゃがみこんだ。
「あ、そうだ、セバスさん。いいもの、見せてあげようか？」
いきなりの言葉に、セバスは意味がわからないと首を傾げる。
それに笑顔だけで答え、ルージュは懐から白いチョークを取り出し、セバスの牢のカギに何かを書き込んだ。
「見ててね？」
そうとだけ言って、小さく呪文を唱えてその書き込んだ部分に触れる。
「ライトニング！」
――パジンッ！
呪文に呼応して、一瞬だけ弱い電撃が辺りに輝いた。
「ほら、見て？」
ルージュがその手に乗せているのは、鉄で出来た小さなナイフ。
「え……それって……？」
驚きの表情なのはセバスだけではない。
一瞬の輝きの後、カギが消えて現れたのはナイフ。
そんな事が起こる現象に、セバスはたった一つだけ心当たりがあった。
「もしかして……錬金術、完成したんですか！？」
カギの無くなった牢を飛び出し、セバスはルージュの両手を掴んだ。
目はきらきらと輝き、今まで捕らわれていたとは思えない。
「ほほほ……ほんとうに！？」
「はい。魔法陣と精霊魔術を使用するのが絶対条件ですけどね」
「せ……精霊魔術？」
「えぇ。元来、魔術というのは精霊魔術の発展版です。だけど、威力が増したとしても、物質に干渉するとなると、こっちのほうが都合がいいんですよ」
ナイフを指先で操り、ルージュは得意気な笑顔を浮かべた。
「はぁ……すごいですねぇ。やっぱりルージュさんに会えてよかったですよ」
「嬉しいお言葉、ありがとうございます〜」
「おいおい、のん気な事言ってる場合じゃないみたいだぜ！？」
焦ったアーガイルの声に合わせて、牢屋中に響く足音。
自分達で無いとすれば、おそらくここの兵士達であろう。
「脱走したのがばれたんでしょうか？」
「まぁ、あんだけデカイ声で喋ってればな〜」
「ど、どうするんですか！？」
「どーするって、どーすんだよ？ シラン？」
「セバスさん、見つかったし。遠慮はいらないよ。やっちゃおう」
「やっちゃおうったって……俺、武器無いぜ？」
捕まる際、投げ捨てた剣は兵士に没収されている。
シランのように、出し入れ自由ではないのだ。
「よっしゃ。無いなら作りましょ！」
そうとだけ言って、ルージュは再び地面に何かを書いてゆく。
迅速に仕上がったそれは、手のひらサイズの魔法陣。
「行くよ、ライトニング！」
再び一瞬の輝き。
だが今回はさっきとは少し違っていた。
輝きの後もなお、ルージュの手からは放電のような光が現れている。
そして、地面の岩が変形を始めていく。
ルージュが少しずつ手を上に上げて行くと、それに合わせて地面の土が盛り上がりつつ、その材質が明らかに変化していった。
どす黒く、ただの土だったそれが、徐々に青銅の剣へと変わって行く。
「あぁ！！！ き、来てますよ！？」
近づいてくる足音に、ケイルが声を張り上げた。
「ケイルくん、下がって！！ ティア！！」
慌てるケイルを背後にし、シランはセイクリッド・ティアを弓の状態で出現させた。
銀の糸を引き、弓を構えた瞬間に兵士達が姿を現した。
「本当に抜け出てやがる！！」
「捕えろ！！！」
ザワザワと騒ぎ出す兵士達を見据え、シランはそこに狙いを定めた。
「遅いよっ！！！」
弓に現れた光の矢は、シランの言葉とともに兵士達の一団の頭上に放たれる。
「行くよ！！ ティア・レイン！！！」
声とともに光の矢が輝き、一気に雨となって降り注ぐ。
「や、やばい！！ 避けろ！！！」
一人が張り上げる声に、だが、誰もが動けない。
狭いとまで行かないにしろ、十数人が一気に動くには無理がある。
――ッガガガガ！！！
降り注ぐ攻撃に、数名が床に伏していく。
「ひるむな！！ 早く捕まえて、ウェジルさんのところに……」
「だぁれが行くかよ！！！」
――ギドンッ！！
水を得た魚、とでも言う勢いでアーガイルが残りの兵士達に剣を向けた。
剣を落とされた兵士は、慌てふためいて牢の出口に向かって逃げて行く。
「ははっ！ ルージュのお手製とはいえ、けっこう頑丈じゃねーか！」
使い心地の感触をその手に感じながら、馴れた剣さばきで兵士を撃退していくアーガイル。
「アーガイルさんこそ、随分イイ感じじゃないですか？」
「おうよ！ けっこー使いやすくていいぜ、コレ」
会話を交わしながら戦闘をこなすシランとアーガイルに、兵士達は逃げ出し、あるいは気絶させられてゆく。
「これだけじゃダメだ！！ 引くぞ！！！」
残りが２．３人になった時点で、兵士達は血相を変えて牢を駆け出した。
「逃っがすもんか！！」
背後から放ったシランの光の矢が、走ってゆく一人を直撃し床に伏せたものの、残りはそのまま走り去っていった。
「逃げたか？」
「……多分、上の兵士達に連絡に行ったかもね。沢山構えて待ってるかもよ〜？」
「えぇ！？ だ、だいじょうぶなんでしょうか！？」
「だ〜いじょ〜ぶ！ どうせ相手は悪人。悪は正義には勝てないもんだよ」
事も無げに言ってのけ、シランはウィンクしながら人差し指を振った。
普段のブルーからは想像できないその明るい仕草も、だいぶ慣れてくるとルージュの言動とかぶってか、抵抗が無くなってくる。
「そ・れ・に……ウェジルたちの目論見はもうわかってるんだから。あとはぶちのめすだけってこと」
「そう言うこと。ケイルくん、僕もいるしアーガイルさんもいる。そんな心配しないで？」
覗き込む金色の瞳を見つめ返し、ケイルは決意をするように顔を引き締め頷いた。
「じゃあ私もご一緒させてください。城は何回もお邪魔させてもらってるんで、けっこう詳しいですし……それに、私だってウェジルがボコボコにされる所、見たいですよぉ」
「そうだね。道案内も欲しいし、何よりセバスさんだって捕まったからね」
「よぉっし……それじゃ、ウェジルたちをとっちめに行きまっしょ！！！」
牢に響き渡る声に、全員が意気揚揚と頷いた。
Copyright (c) Chinatu：AP-ROOM All rights reserved.