『 WILLFUL 〜私が貴方で貴方が私!?〜

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  WILLFUL 6−8  


日も暮れた森の夜。
マディスの街から少し離れた森に、その洞窟はあった。
岩壁に灯された炎の明りに照らされ、暗い入口を覗かせるそこには、3人の兵士がいた。
「3人か……思ったより少ねーんだな」
「当然でしょう? ここに多くの兵を置いて見なさい。もし見つかったとき、言い訳がしにくくなるわ。少なければ“危険だから見張らせている”で十分通じるもの」
メスティエーレの解説にブルーも同感と頷く。
「それにしても、ウェジルはよくまぁこんな手の込んだ事をするものだな」
「何言ってんだよ。私利私欲のために努力するってのが、悪の醍醐味だろ?」
「まぁ……そうなのかも知れないがな……」















『さ。知ってる事、吐いてね』
そう笑顔で告げ、シランは座っていたイスを引き寄せ、男の目の前に座った。
『うぅ………な……何を吐けば……』
『全部に決まってんでしょーが』
戸惑う素振りを見せる男を黙らせ、シランはやはり笑顔を浮かべている。
『それとも、やっぱり氷づけになって沈む?』
『いやいやいやいや!!! 吐かせていただきます!!!!』
イスの背後で冷たい目線を突き刺すルージュを察知し、男は慌てふためいて話し始めた。
『ロ、ロードが居なくなったのはウェジルのせいだ!! アイツがロードの地位を狙ってて……それで、ロードを消そうとして捕えたんだ!!!』
『ちょっと待ちなさい』
男の言葉を聞いて、メスティエーレは眉を潜めた。
『ロードが居なくなったと知れれば大失態ではないの? どうしてそんな事を……』
『ロードの失踪に一枚噛んでるのが俺ら雇ったシャフォードさんよ。あのおっさん、グレンベルトでもかなりの地位があるからな。上層部への情報は、全部揉み消しってわけさ』
その説明に、メスティエーレは呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。
『それで? ロード・ユイドさんはどこに幽閉したの?』
『……少し東に行った森の洞窟さ。そこで適当に転がってんだろ?』
『東の森ね……それで、後は?』
『へっ、もう無ぇよ』
シランの更なる追求に、男は笑みを浮かべてそうとだけ吐き捨てた。

だが次の瞬間――

――ギシィッ!!

『ぎゃあああああ!!! あ、足!? 足が凍って……!? 冷てーよ!!!』
『立場、分かってる?』
足が綺麗に凍りついた男を見て、それでもまだシランは笑顔のみ。
ただし、横に立つルージュには笑みなど無いが。
シランの特徴的な金色の瞳が、普段からは想像がつかない冷たさを放ち、まさに冷酷無比な少女を作り上げている。
『うああああ!! ほ、本当に知らないですぅう!!』
恐怖のあまりか、敬語を裏声で発する男。
その表情は、生死を今まさに分かつ状況のためか、必死である。
『セバスさんは? さらったの、そっちでしょ?』
『あああああ、あれはウェジルの頼みで……何をするのかは分からないです!!! 本当です〜〜!!! だ、だから、足の氷溶かしてくださいぃぃぃいい!!!!』
目からダボダボと涙を流す男を見て、シランは首を縦に振り、ルージュに目を向けた。
それを受け、ルージュは男の足の氷を溶かし、代わりに眠りの術をかけて気を失わせた。
『……で、どうなんだ?』
ただ黙って状況を見つめていたブルーは、そうとだけ聞いた。
『ま、こんなもんでしょ。上々ってとこかな』
シランは息を大きく吐き、イスを戻して立ち上がった。















「ロードの地位のために、か」
「ま、三流の悪役なんてそんなものよね」
「ツッコむところ、間違ってねー? メスティさん……」
「あら、事実です。それよりどうします? 普通に通ろうとしても、絶対に通してくれないわよね?」
「んなら、オレにいい考えがある」
「なんだ?」
「ちょいブルー、耳貸せよ」
頭に目一杯「?」を浮かべるブルーを引っ張り、ティミラはヒソヒソと耳打ちをする。
あらかたの話を聞いた途端、ブルーの表情が強張り、怒りが露になった。
「ふざけるな! なぜ俺がそんなことを……!?」
「楽に行く方法だろ?」
「お前がやれ!! 俺はやらん!!」
「オレが出来るかよ!! 今、ルージュの身体なんだぞ!?」
「ちょ……ちょっと二人とも?」
いきなり喧嘩を始めたティミラとブルーに、メスティエーレは焦って止めに入った。
「ルージュの身体だろうが、なんだろうが俺はやらん!!」
「お前にしか出来ねーから言ってんだろ!? やれよ!!!」
だんだんと、そして明らかに大きくなっていく文句の言い合いに二人は気付かない。
メスティエーレは顔をしかめて、ため息を吐いた。
このままの雰囲気だと、とても止めるような空気ではない。

かと言ってこのままでは――

「そこにいるのは誰だ!?」

自分達の居る方に向かって、兵士の声がかかった。
その大きさからして、物音がして気になった部類ではない。
あきらかに認識した“誰か”に対するものだ。
その誰かがなんなのかは、メスティエーレはよく理解できた。
さすがに兵士の声に、ティミラもブルーも顔を見合わせる。
だんだんとこちらに近づく足音に、三人は息を飲みこむ。
「…………くそっ。やればいいんだろう、やれば……」
小声でそう毒づき、ブルーは自ら進んで草を掻き分け、兵士達の前に出た。

「あの……」

「あ……女、だったのか?」
おずおずと現れたその姿に、近くに来ていた兵士は一瞬気を取られた。
まだ完全に訪れていない闇。
うっすらとした暗がりに映るのは、本当の漆黒のような黒髪を持つ女。
壁際の炎の光さえ反射することなく、赤い影を写すその色は、夜には余りにも魅惑。
揺れる明りに照らされたその瞳も、唇、そしてその身体さえがより美しく映えている。
細めの目は、少しだけ困ったような表情をしていた。
「あの……すいません。道に迷って、恐くてわめいてしまって……」
「あ、そ……そうか。すまないな、急にキツイ言い方してしまって」
「いいんです。こんな夜遅くに何か聞こえたら、疑うのは普通ですよ」
少し苦笑するその笑みに、兵士はすっかり気を緩めたのか、
「安心するんだ。マディスの街がすぐ近くにある。何処に向かうのか分からないが……夜が更けては不安だろう? 一度そこに戻るんだ」
声をかけながら、心配させまいと笑顔を向ける。
だが、その言葉にさえ女は不安げな色を見せていた。
それを察知し、兵士は慌てて近寄り言った。
「一人じゃ不安だよな? 俺でよければ送っていこうか?」
「ほ、本当ですか?」
嬉しそうに少しだけ笑ったその表情に見惚れそうになるのを抑え、兵士は大きく頷いて、
「あぁ! まかせておくんだ!」
その自信有りげな言葉に、女はさっき以上に笑顔を見せてきた。
「よし、じゃあ残りの二人に言ってくるから、一緒にこっちに来て…」
言いながら、背を向けた兵士。
その瞬間、作られていた笑みも雰囲気も、すべてを一変させて、ブルーが剣の柄を握った。





「……けっこうズルな作戦立てるのね、ティミラちゃんって」
「そうか? いい案だろ?」
そう笑いながら言ってのけるティミラと、そしてブルーによってボコボコにされた兵士三人を交互に目をやりながら、メスティエーレは「かわいそうに」と呟いた。
「男ってーのは、見た目に弱いからなー」
「俺は違うぞ」
「あーはいはい。わぁってますっての」
ジト目で自分を見るブルーを、手をパタパタさせながら軽くあしらうティミラ。
「なんだかんだ言って、けっきょく協力してくれたじゃん?」
「ふん。ただ倒すより言い逃れがしやすいと思ったからだ」
「へーへー。そういうことにしときますよー」
それでもニッと笑みを浮かべ、ティミラはブルーの肩を叩いた。
「肩が壊れる」
「オレの身体だから丈夫だ。安心しろよ」
肩の手を叩き落とし、ブルーは今までの不満を吐き出すように、大きく深呼吸をする。
「……よし、行くぞ!」
見開かれた翡翠の瞳は、暗い洞窟の奥を見つめていた。





一気に洞窟を駆け抜けてゆく三人。
あまりにも唐突の襲撃は、兵士と野盗らしき者たちの交じり合う、統率の無い集まりを混乱させるには十分だった。
あるいは剣で、魔法で対抗してくるが、その行動もばらばら。
互いの行動を見ない戦いは、互いの隙を生み出していた。
「ンのヤロッ……」
「遅いっての!!」
剣を振り上げた男の腹に蹴りを叩き込み、振向きざまに背後の兵士にも当て身を入れる。
バランスを崩す兵士を倒すのは、ティミラにとっては大した問題ではない。
鎧でもそうそう隠し切れない顔を狙い、確実に急所を突いていく。
実力に至ってはブルーも同じく。
慣れた剣さばきで相手の攻撃をかわし、隙を突いては武器を叩き落としていった。
自分の武器を失ったものは、顔色を変え、すぐさま逃げ出し、それでも襲い掛かってくる者はメスティエーレの術で行動不能になっていく。
「あの魔術師の女を狙え!!」
その言葉に、茶色の目が細められた。
弱点を突くつもりで叫んだ兵士の一人は、逆にメスティエーレの怒りに触れていた。
「悪いけど……魔術師ナメると痛い目に合うわよ?」
口早に唱えられた術を、兵士の一人に狙いを定め解き放つ。
「エアブレス!!!」

――コゥッ!!

「ぐっ!? あっぐぅ……」

見えない圧縮された風に身体を持ち上げられ、一気に背後の岩壁にたたきつけられ、息が詰まり、気が遠のいていく。
「おい、ロードはどこに居る?」
気絶しかけた兵士をたたき起こし、ブルーは手短に言った。
「うぁ……一番お…くのちぃ…さい部屋……」
「礼を言う。ゆっくり休め」
言葉切れ切れに話した兵士に、最後に剣の柄で殴り意識を確実に失わせる。
「ロードは?」
「奥だ」
メスティエーレの質問に的確に答え、ブルーは敵を全滅させた洞窟を走り出した。










「このままではいけないのに……」
青年は手を握り締め、悔しそうに唇を噛んだ。
でも、それ以外何も出来ない自分に歯痒くなり、その端整な顔立ちは歪んでいく。
自分が入れられているのは、石壁の牢。
目の前には数人の野盗がウロウロしている。
むやみに動こうとしても、出れもしない。
出れたとしても再び捕まるのは目に見えていた。
「街が……ウェジルを捕まえなければ……」
「て……敵襲だ!!!!」
遠くから響いたその大声に、青年も外にいた野盗も顔を上げた。
いきなりの報告に、野盗達もざわめきつつ武器を取り、目の前から走り出していく。
青年はその後を追うように牢越しに、通路の奥を見やった。
立ち止まり、慌てふためく野盗たちが次々と倒れ、逃げて行く。
「……い、一体誰が?」
起きている者が居なくなった通路には、三人の人影が見えた。
「ロード・ユイド様!! 私たちは貴方を助けに来た者です、何処にいますか!?」
自分の名前を呼ぶ女性の声に、青年――ユイドは顔を喜びに染め、声を張り上げた。
「ここだ……!!! 奥に居る!!!」
声を聞いた人影は、一斉に自分に向かって走ってくる。
「ロード・ユイド様で宜しいですか?」
最初に顔を見せたのは、オレンジ色の髪をした女魔術師だった。
目を合わせたユイドは、静かに頷いた。
「良かった。ご無事ですね? お怪我は?」
「問題ない。それより……」
「わかっております。ブルーくん?」
「わかった。お下がりください、ユイド様」
名を呼ばれ、動いたのはなぜか黒髪の美女。
手にしていた剣を構えるのを目にし、ユイドは背後の壁まで下がった。
空気を切る音をともに、目の前の牢が音を立てて真っ二つになる。
「ありがとう、助かった!」
足早に牢を出て、ユイドは側にいたメスティエーレに手を差し出した。
それを握り返し、メスティエーレは会釈を返す。
「私はメスティエーレ。この子たちは、私の仲間ですわ」
そう告げられて、ティミラとブルーは軽く頭を下げた。
「本当にありがとう。ところで、どうしてここに……?」
「私たちも、ちょっとウェジルに目を付けられてしまいまして……色々探っているうちに、貴方が此処に居る事を突き止めました」
「そうか……貴方たちも……あ、街は!? どうなって……!?」
慌てふためき、ユイドはメスティエーレの肩を掴んだ。
その手を握り返し、メスティエーレは笑みを浮かべて言った。
「ご安心ください。少し人々に混乱はあるものの、被害等はありません。ウェジルも、私たちの仲間が捕えに向かっていますので」
「そうか……よかった」
心から安心したように、ユイドは微笑んで息を吐いた。
街を思う心。
人々を心配する気持ち。
思った以上に若いロードは、思った以上の人物であるとメスティエーレは悟った。
「さて、じゃロードさん。さっさと街に戻ろうぜ? 皆心配してんだからさ」
荒口調で言ってきたのは、銀髪の青年。
慌てたように口を開きかけたメスティエーレを、笑みで返し、ユイドは大きく頷いた。
「後はシラン達に連絡をすれば済むな」
「あぁ、けっこう順調だな」
三人は頷きあい、笑みを交わした。
「さ、ユイド様。街に戻りましょう?」
「あぁ。よろしく頼む!」
 
 
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