『 WILLFUL 〜戦う者達T ≪武術大会≫〜

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  WILLFUL 7−2  


「あー……肩凝った」
「緊張しすぎだよ」
横でクスクスと笑われ、ティミラは少し眉を潜めた。
「あのなぁ……オレがあーいう場所に慣れないの、知ってるだろ?」
城なんか無ぇっつーの。と続けて、ティミラは部屋のベッドに座り込んだ。
用意された部屋はかなり広く、ベッドが4つあった。
窓は大きく、壁前面に広がっていて、その先には小さなテラスがあった。
そこから眺める城下町と草原は、カーレントディーテとはまた違う風景を見せてくれた。
入口の横にお茶くらいなら用意できそうな、小さなキッチンがついている。
「でも、立場の偉い人にはあったりするんでしょ?」
そこでブルーと共にお茶の準備をしながら、シランが聞いた。
出されたカップをトレイに並べ、スプーンを用意する。
「…………それはぁ、居るけどよ」
「会う機会なんて、そうそうないもんね」
苦笑されながら言われて、ティミラは頬を赤くし、ルージュを小突いた。
「会う機会なんか持ちたくないし、上の連中が一々下の街に降りてくるかっつーの」
「まぁでも。イクスおじさん、親父と仲良いから。そんなに気にすることないよ」
用意したお茶をテーブルに並べながら、シランはティミラを振り返った。
白い湯気に漂う香りに、少し気分が和らいだ。
「へぇ、良い匂いだね。これは……なんだっけ?」
「カモミールだ。リラックス出来る」
テーブルに座るルージュに教え、ベッドでふてくされているティミラを振り返った。
「お前に丁度良い」
「あのなぁっ!」
ブルーの一言にムキになって返し、一瞬鼻を掠めた香りに目を細めた。
「良い匂いだな……」
「でしょ? 飲もうよ」
ポツリと言った言葉に笑顔で返し、シランがティミラの手を引いた。





「そういえば、大会があるんだっけな」
ハーブティの入ったカップを傾けながら、ティミラはテラスから街を眺めた。
人々は小さく見えるものの、その活気ははっきりと感じ取る事が出来る。
街の人々、全員が楽しそうである。
「えーっと、なんだっけ?」
「武術大会だよ。あたしも生で見るのは初めてなんだけどね」
横でテラスから身を乗り出してシランが答えた。
ふーん。と答えて、ティミラは開いたカップを返そうと部屋に戻った。
そこで、テーブルで向かい合う双子を目にし、フと思った。
「二人は参加しないのか?」
その言葉に、双子が顔を上げた。
「大会、出ないのか?」
不思議そうに問うティミラを見て、ルージュはブルーに目を移した。
「出ないかって話は来た事あるけど……ねぇ?」
「あぁ。あったな、昔」
「昔?」
「三年ぐらい前だ。丁度護衛騎士になった年で…」
「そうそう。でも僕ら断ったんだよ。護衛騎士に任命された年に、行事で外出るのも気が引けたしね」
「お前と会う前の話だ」
「あー、そうなの?」
隣のイスに座りながら、意外だな、とティミラは思った。
三年前といえば、自分がルージュと会ったときだ。
その前で武術大会の声が掛かったとなれば、昔からそれなりに強かったのだろう。
会った時の力を思い出せば、それは十分分かる。
「丁度いい機会じゃん。お前等、今回出てみれば?」

「それは、武術大会の事ですか?」

突然扉から聞こえた声に、全員が振り返った。
「あっ、突然失礼致しました。お茶菓子、お持ちしたのですけれど……」
恭しく礼をしてきたのは、この城の侍女であった。
細いその腕が持っているトレイの上には、綺麗に盛り付けられたお菓子。
「わざわざありがとうございます。嬉しいです」
すぐさまにこやかに立ち上がり、ルージュは侍女の下に歩み寄る。
トレイを受け取り、にこりと笑顔を見せれば侍女はフッと顔をそらし、頬を赤らめた。
「い、いえ! 国王様がご用意せよ、と。王女様がいらしているからと……」
ちらっと見上げたその顔は、今だ笑みを浮かべていた。
日の光を浴び、輝く銀の髪に、鮮麗された彫刻のような顔立ち。
炎のような紅蓮の瞳が、優しい。

――白銀の双頭。

侍女はすぐさま、カーレントディーテの噂の双子を思い出した。
“白銀”の異名は、この綺麗な髪から来ているのだろうか。
王女の護衛をしているという彼ら。
という事は、ここに王女がいるのだ。
「わぁあっ! イクスおじさん、こんなに用意してくれたんだ」
横から少女が割り込み、ルージュの持つトレイを覗き込んできた。
一瞬驚く侍女を横に、トレイを受け取った少女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「あのっ……」
騒ぎ立てそうな少女を宥めようと、侍女が声をかける。
自分より少し背が低い少女は、自分を見上げ再び笑顔になった。
「わざわざ運んでくれてありがとうございますっ! イクスおじさんに、お礼言っておいてもらえますか?」
「えっ? イク……おじ?」
「あっ!! ごめんなさいっ!!!」
自分の言動に驚いてる侍女を見て、シランは慌ててトレイをルージュに返して、姿勢を正した。
「あたしはシルレア=L=シ=ルグリア。こう見えて、一応カーレントディーテの王女なんです」
苦笑しながら言う少女・シランに、侍女は一瞬言葉を失い、次の瞬間慌てたように礼を始めてしまった。
「王女様とは知らず……大変失礼致しました!!」
「あ、いえ別に。気にしないでください。それぐらいが好きなんです」
「……?」
意外な言葉に、首を傾げてしまう。
「気を使うって、疲れるでしょ? そんなに硬くしなくていいですから」
言葉を失った侍女にシランは笑顔で続けた。
「お菓子、ありがとうございました」
「あ、いえ。こちらこそっ……」
礼を言われ、慌てて両手を振ってしまう侍女を見て、ルージュも頭を下げた。
「そういえばさ。大会で何かあんのか?」
部屋の奥から聞こえた声に、侍女は目を向けた。
そこに居たのは、見れば分かる、白銀の双頭のもう一人の青年と、黒髪の美女。
艶やかなその髪と、美麗な容姿とは裏腹に、その服は少々露出のある、変わったものだ。
言葉使いも、勝気を越えて男口調である。
ティミラは自分を見て、少々固まっている侍女に改めて声をかけた。
「あ、さっきほら、入ってきたときに……」
意味が理解されてないと思ったティミラは、そう呟いた。
あ……とそれを思い出し、侍女は続けた。
「いえ。もし大会に参加されるなら、今日が受け付けの締め切りなので……急がれた方が良いかと思いましたから……」
「えっ、今日が!?」
「はい、でも締め切りは夕刻ですので、まだ間に合いますよ」
慌てた風に席を立ったティミラに、侍女は優しく答えた。
「受付は、本試合のある闘技場です。そこで行なっています」
「本試合?」
「えぇ。この大会は、本試合の前にトーナメントで予選を行なうんです。大きい行事なので参加人数が多いのです」
「へぇ、思った以上に大きいね……」
「そこまでなら、オレも出てみたいな」
「あたしも!!」
「お前が出てどうする……」
「えぇ? だって、あたしだってどれだけやれるか知りたいから……」
目の前で和気藹々と話し始めた4人を見つつ、侍女は笑みを浮かべた。
「では私はこれで失礼致します。もし参加されるなら、ご健闘お祈りいたします」
「あ、色々教えてくれてありがとうございました!」
頭を下げる王女に合わせて、他の3人も礼を口々に述べる。
部屋を出る際に再び礼をして、侍女は姿を消した。










広い広場を抜け、大通りを避けて小さな商店街のある道を通り――

シラン達4人はやっと申し込みの出来る闘技場にたどり着いた。
石で作られた、堅苦しいその外観とは裏腹に、壁を飾る装飾がなんとも目立っている。
「ここ、か」
「大きいね。入口……どこかな?」
あまりの人の多さ、あまりの闘技場の大きさに、シランは目を大きくし辺りを見回す。
それはまるで、田舎から出てきた少女のようである。
酷く「お上り」のように見えたのだろう。
きょろきょろするな、とブルーに咎められ、シランは彼に連れられて中に入っていった。
石柱が立ち並び、騒然とする内部。
やはり人の出入りは激しく、そして目立つのがその人の多さ。
剣士だったり、拳法士、魔術師など――
戦いに身を置く人間が多く見受けられる。
それは静かなたたずまいをする者から、騒がしい輩まで様々。
「うっわぁ……人も多いね。本当に大きい大会なんだね」
「だから……きょろきょろするなといっただろう?」
人々にさえ目を動かすシランの背を押し、先を歩くルージュ達の後を追った。
「すいません。大会の申し込みをしたいんですけど……」
受け付けに居た兵士に声をかけると、机に置かれていた紙を指さされた。
「あぁ、わかった。じゃあここに二人の名前を書いてもらえるか?」
「はい…………二人?」
ペンを取り、名前を書こうとしてルージュは手を止めた。
「あの、二人って?」
「あぁ。もしかして大会は初めてか?」
戸惑うルージュを見て、兵士は手馴れたように話始めた。
「この国は、騎士の国としても有名だろう?」
「えぇ、それは存じてます」
草原に佇むその王国。
豊富な緑と、自然豊かな風貌から“草原の国”という言葉がよく似合う。
だがそれ以外にも、この国には“騎士の国”という別の表現の仕方もあるのだ。
『新緑の騎士団』という兵団を持ち、そしてその騎士道を重んじる精神も有名だった。
弱きを助け、強きを挫く。
正義を貫くその強さは、他の国々に伝わっているのだ。
「我々は、ただやみくもに戦うためだけに居るわけではない。確かに、戦うためにいるわだがな。それは仲間や家族、自分が大切にしているもののために戦うんだ」
「で……要は何?」
あまり話が見えていないティミラが、先を促した。
「つまり、一人で強くても意味をなさない。仲間と共に、戦い抜くという事に意味があるのだ」
「で、タッグマッチ戦……ってわけか?」
「そういうことになるな。二人一組で参加してもらう」
まだ組みを決めていないのだろう、ゆっくり考えればいい。
そう言われて、シラン達4人は顔を合わせた。
「まさか二人一組ねぇ。どうする?」
「お前とブルーで出たらどうだ?」
「そうだね。せっかくなんだし……出なよ」
ティミラとシラン、二人に進められて双子は顔を見合わせた。
「そういうなら、出よっか?」
「そうするか。実力を測る、いい機会だしな」
連れ合い、再び受け付けに話し掛けて紙に名を書き込んでゆく。
「大会の予選は、明日からになる。組み合わせはその時にならないと分からないが。細かいことは、この紙を見てくれ」
そう言い、兵士は一枚の紙を手渡す。
「言っておくが、寝坊したとか言う言い訳は無用だからな」
「そうですね。ありがとうございます」
笑みを浮かべて言う兵士に、同じように笑いがこみ上げてくる。
「はい、これでお願いします」
「あぁ、ありがとう。参加を嬉しく思……ん?」
紙に書かれた名前を確認して、兵士は目を細めた。
それをみた双子は、何事かを顔を見合わせる。
「あの……?」

声をかけたルージュを、バッと顔を上げて見つめ、そしてブルーの方にも視線を動かし――

怪訝な動きに、ブルーが少し眉をひそめた。
「……きみ達は……もしかして……」

「あっれー? もしかしてブルーとルージュじゃないか!?」

横からした声に、双子はすぐに顔を向けた。
聞き覚えのある、懐かしい声。

「ライル!?」
「ライル……」

嬉しそうに笑みを溢れさせる弟に、驚きに目を見開く兄。
それぞれのリアクションを確認しつつ、青年が二人に歩み寄ってきた。
黄の髪に、空のように明るい青の瞳。
それは、森の遺跡で出会った少年ケイルの兄、双子の友であるライル=ヴァンリーヴ。
「ひさしぶりじゃない? どうしたの、こんな所で……」
「街で銀髪のイケメンが居たって、少し騒ぎになってたからな。お前等だと思ってこっち来て見たんだ。案の定だぜ」
そう言って爽やかな笑顔でルージュの肩を叩いた。
確かに街を歩いている時、人波にもまれかけた。
視線を浴びるのはなれていたが、どうも興奮が頂点に達している人々は遠慮を忘れているようで。
囲まれてもみくちゃ寸前になりながら、やっとこの闘技場までたどり着いたのだ。
それを彼は聞きつけたのだろう。
「大変だったみたいだな」
笑いながら言う彼に、ブルーは大きくため息を吐いた。
「盛り上がり過ぎだろう。この国は……」
「盛り上がるのもしょうがないだろ? 一大イベントだしな。それに他国の人もお祭り騒ぎだから。ま、便乗して楽しむのが吉、さ。どのみち、ここに居るってことは、出てくれるんだろ? た・い・か・い!!」
「……実力を知りたいしな」
「あっははは! 本人が言ってりゃ世話ないな。お前等が強いのは良く知ってるよ。でも、この大会にも番狂わせってのが居るもの事実だ。気をつけろよ? まぁ…お前等には無駄な注意かな?」
「注意してほしいから、警告してくれたんだろう?」
鋭い物の言い方に、ライルはうっすらと笑う。
「わかってんならいいさ。けっこう楽しめると思うぜ?」
「何が楽しめるって?」
和やかな談笑をしていた3人に、低めの女性の声が割って入った。
艶やかな黒髪、水晶のような翡翠の瞳。
少し高めの身長に、しなやかな体付き。
ライルは一瞬、息を飲んだ。
「……………なんだ?」
自覚してなかったが、見つめてしまったのだろう。
細められた視線に、嫌悪が浮かんできた。
ライルは慌てて謝り、ニッと笑みを作った。
「あー、ごめんごめん。あんまり美人だから、さ」
本気で言った誉め言葉も、だが彼女は顔色を変えるわけでもなく、視線をずらし、
「おいルージュ。コイツ誰だ?」
そう、隣にいた自分の友に声をかけていた。
「お、おい。彼女、お前の知り合いなのかよ?」
余りの事に、裏返りそうになる声を押さえる。
だがそんなライルを無視して、ルージュは笑顔で、
「僕の恋人のティミラだよ。綺麗でしょ」
なんてのん気に返してくる。
思わずルージュと、恋人である美女――ティミラを往復して見返す。
ルージュの容姿の良さは、それは同姓の自分が見ても納得がいくものだ。

それは無論ブルーも同じなのだが――

昔、モテる割に女の子にはなびかなかっただけに、恋人ということばに驚いた。
「おまっ……いつの間に?」
「えっへへ〜。運命の出会い、果たしちゃってさぁ」
嬉しそうに笑い、ティミラに「ねー?」っと問い掛けるルージュ。
そのティミラに視線を移し、ライルは恐る恐る聞いてみた。
「そっちが、惚れたのか?」
「違う。全力で否定する」
「あのね、僕が一目惚れしたの」
否定するティミラに、自分を指さし言うルージュ。
再びティミラとルージュを交互に見やり、ライルは見開いた目で瞬きを繰り返した。
「はぁ〜……まぁ、お幸せにってのが、セオリーかな?」
「あまり関わらない方がいい。油断してるとノロけられるぞ」
「ははっ。もう聞いたって気分だけどな」
後ろから冷静に言うブルーを振り返った。
「ルージュが惚れたっていうなら、よっぽどだろうな」
「砂糖吐きたくなるぐらいノロけるぞ。俺にはノロけきったからな、アイツ」
「お互い、兄ってのも大変だよなぁ」
くくっと声を篭もらせて笑うライル。
それに苦笑し、少しだけ目を細めるブルー。
「仲……良いんだな」
楽しそうに雑談をしていた風景を、ティミラはずっと見ていた。
ライルが駆け込んできたのも、彼だとは思わなかったが気付いていた。
親しそうに、嬉しそうに、楽しそうに。
彼は双子に声をかけてきていた。
「……ティミラ?」
小さく声を洩らし、黙り込んだ恋人の顔を覗き見る。
「………なんでもない」
頭を振り、ティミラはニッと笑った。
「……だいじょうぶ?」
「ん? 何が?」
影を落とす翡翠の瞳。
本人さえも分からない、微かな、虚ろ。
「隠してるつもり? 顔に出てるよ」
そう言って、硬く握り締められていた手に触れる。
少し、震えていた。
ティミラは暖かさに包まれた手を見つめ、大きく深呼吸をした。
「だいじょうぶ」
「………そう? なら、良かった」
微笑んで、触れた手に少し力を込めてみた。
すぐに振り払われて、「馬鹿」といわれたが。
「……そういえば、シランは?」
一人、いきなり姿が見えなくなったことに、今気が付いた。
ライルに話掛けられて、そう時間は経っていないはずだが。
「呼んだ?」
「っぅっわ!!」
きょろきょろ辺りを見回して、いきなり背後からの声に心臓が鼓動を増やした。
「び……びっくりさせないでよぉ……もう」
胸を撫で下ろして、ルージュはシランを振り返った。
新緑の髪に屈託の無い笑顔が、そこに居た。
「何してたの?」
「ちょっとね」
にこりと笑い、ブルーのそばに駆け寄っていく王女。
まぁ何かしているのはいつもの事だろうと思い、ルージュは少し首を傾げつつもそう割りった。
「……だろ? だから……ん?」
「ブルー!」
声高らかに、側に歩み寄ってきた少女を見てライルは息を飲んだ。
「お……!? おう、ぶぅっ!!!!」
“王女”と叫びそうになった彼の口を、とっさにブルーが手で塞ぐ。
「ライル、こっちに……」





「あー、イテ……ブルー、強く押しすぎだぞ」
少し人気の無い柱の近く。
そこに連れ込まれ、ライルは大きく息を吐いた。
「それにしても、びっくりしましたよ……どうして姫様がここに?」
ライルも元はカーレントディーテにいた人間である。
多少なりと、兵士の修練所に来ていた王女の顔は覚えている。
新緑の髪の毛に忘れるはずも無い、この世で二人と見ない金色の瞳。
「まぁちょっと諸事情だ」
短くブルーが答えるが、それでもライルはシランを見つめた。
「あの……ライル=ヴァンリーブです。久しい……と言っても、姫様が覚えているかはアレですけど……」
「知ってる。顔は、さすがにだけど。名前はよくブルーから聞いてたし」
遠慮がちに言う彼に、シランは笑顔で答えた。
「ケイルくんのお兄さん、なんでしょ?」
「え? アイツ知ってるんですか?」
弟の名前が上がり、ライルは目を見開いた。
「旅の途中で会って……今は、ここの自宅に戻ってるけど」
「そうなんですか。じゃあ一回家に顔出すかな」
「そうしたほうが良いよ。きっとケイルくんも喜ぶから」
シランがそこまで言った時、遠くからライルを呼ぶ声が聞こえた。
その方にいたのは、年上だろう兵士だった。
「やっべ。俺、仕事あったんだ。じゃあこれで失礼しますね」
「仕事?」
疑問を浮かべる王女に、振り返りながら
「大会の規模が大きいから、兵士は事務やら街の警備で忙しくて。堪らないですよ」
苦笑いを浮かべながら、ライルは手を振りつつ走り去った。
「……さて、じゃあ大会申し込みも済んだし。お城に戻ろうか?」
「そうだね。明日に備えたいし」
まだ賑わいのある闘技場を後にし、シラン達は再び城に足を向けて歩いた。

――再び、軽くもみくちゃにされながら。















「………………ブルーにルージュ、のリヴァート兄弟か…」
「え?」
双子の受付用紙を見ながら、彼らの受け付けを行なった兵士はむぅと唸った。
「この名前とあの容姿。彼らはカーレントディーテの“白銀の双頭”じゃないか?」
「あの、銀髪の双子……?」
耳に入った異名に、目を見開く。
「おそらく、は。ライルが知ってるんだから、カーレントディーテ出身なのは確実だな」
いつも通りに用紙を処理し、兵士は大きく息を吐いた。
だがその横で、仲間が神妙な顔付きをしているのに気が付いた。
「どうした?」
「いや……俺も、別の日に受け付けたんだよ」
「何をだ?」

「ブルーとルージュという、二人組み」

「はぁ?」
彼の言った言葉が理解できず、声が裏返る。
「なんだ、それ?」
「俺にもどうとも。ただ、彼らは銀色の甲冑をつけた奴と、白いローブをまとっていた二人組だったけど……」
「………………どういう事だ?」
「わからん。どちらかが偽物、か」
処理しかけた用紙を見つめ、兵士二人は顔を見合わせていた。
 
 
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