『 WILLFUL 〜戦う者達T ≪武術大会≫〜

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  WILLFUL 7−3  


「ディープフリーズッ!!!」
冷気が辺りに充満し、現れた氷柱がブルーを目指し突き進む。

――ドガガガガッ!!

直進する軌道を読み、前に踏み出しそれを避けて、一気にルージュとの距離を詰める。
「っげ!?」
横に避けることを想定して次の術を用意していたのに。
突き出された剣を避け、別の術を唱え始める。
印を組む腕に風が舞い始めた。
「……ウィンドラッシュ!」
「っ!? っちぃ!!」
至近距離から繰り出された空圧に身体を持ち上げられ、一瞬の間に空に放り出された。
突風を直に受けた体が軋み、ブルーは顔をゆがめた。
だがなんとか体制を取ろうと、身体を反転させ地を見やる。
目に入ったのは、すでに術を放とうとするルージュの姿。
このまま落ちたとしても、あるいは放たれた術を相殺しようとしても、防ぐのは難しい。
「くっそ……ならば……」
剣を持っていない左手をルージュに向け、ブルーは魔力を集中させた。

その間に、相手はすでに術は完成したようで――

「これで終っわりー!! エア…」
「ディグアース!!」

――ボゴンッ!!

「ぅあ……っぁああ!!!」
それを放とうとした瞬間、ルージュの視界は反転し、一気に体が落下する。
と思えば、すぐさま背中が地面に衝突し、痛みを伝えた。
「痛ったぁ……タタ……」
ブルーは身をひるがえして、足から地面に着地し、剣を鞘に収めた。
一呼吸置いて、今自分が術を使った場所に走り、穴に顔を覗かせる。
「どこか打ったか?」
「どこか打ったか? じゃないよー!!」
平然と問う兄に、ルージュは顔を赤くして抗議する。
「いきなり足元穴にするなんて、何考えてるの!?」
「術を中断させるには、こういうのが手っ取り早いだろう? あのまま空で術喰らってたら俺の方が負けてたんだからな」
「負けてない!! 僕は負けてないよ!?」
「あぁ、分かった分かった」
グチグチ文句を言うルージュを宥めつつ、手を伸ばし身を引き上げる。
「まったくもー……あー痛い」
「それぐらい我慢するんだな」
痛がる背中をドつき、ブルーはあけた穴を元に戻した。



「そうやって戦うんだ」
腕を組み、近くの木にもたれて。
ティミラの言葉に、ブルーは目を向けた。
「なにがだ?」
「魔術師と魔剣士の戦い方」
「……俺とルージュの手合わせなんて、しょっちゅう見ていただろう?」
言われて、ティミラは手をパタパタふった。
「違うって。それは手合わせ。“戦い”を見たって言ってんだ」
「つまり、武術同士や魔術同士じゃなくてってこと」
なおも分からないと言う顔をしていたブルーに、ルージュは適当に説明をつけた。
「本気じゃない」
「それぐらい分かる。気迫が違うしな。でも、ちょっとムキになってたろ?」
背中を痛がるルージュに治療術をかけるながら、ブルーはため息を吐いた。
「体がなまってる……とは思っていないが、仮にも“戦い”に行くからな。少しは慣らしたかったから」
「まぁ、そうでなきゃ早起きもしないよね」
グレンベルト城内にある、兵士達の修練場。
城の一大イベントのため借り出されているのだろう、ここに兵士は見当たらない。
多くの人数が出入りするため、城や街の入口だけでなく、市街地等にまで警備は行き渡る。
そのため、ほとんどの兵士がこの時期にここにいることは無いらしい。
城内を警備していた兵士に声をかけ、ココが開いてると聞いて、双子は朝早くに手合わせをはじめていた。
もちろん、これから“戦う”を想定しての、である。
少しも“手合わせ”のつもりが無いのは、ティミラもよく分かった。
「よくやるのか? “こういう”手合わせって……」
「やらん」
一言だけいい、ブルーは治療し終えたルージュの背を叩いた。
「ねぇ、痛いんだけど〜?」
「もう治っているぞ。シランを起こしに行ってくる」
叩かれた背を撫でるルージュに「しつこい」とだけいい、ブルーは銀の髪手で払い、歩き去っていった。
「……本当にやらねーの? 本気の手合わせって」
朝日に輝く銀を見つめながらぼやく。
あっさり答えたのには少し驚いた。
「う〜〜ん……まずブルーが本気にならないよ」
法衣についた砂を落としながら、ルージュは立ち上がった。
「変に優しいからね」
その言い回しに、ティミラは眉にシワを寄せる。
「………意味がよく分かんないんだけど」
「そのまんま、優しい。お兄ちゃんだから、かな?」
にっこり笑ってそう言い切られてしまった。
憮然と納得が行くような、行かないような。
そんな顔をするティミラの頭をポンポンと撫でて、「行こう」と背を押した。
やっぱり納得が行かないのか、ティミラは首を傾げるばかりだった。










海をそのまま写し取ったかのように、淡い青に染まる空。
駆け抜ける風に、わずかに砂が舞った。
昨日、受付で始めて見た通路を抜け、ブルーとルージュは闘技場内に足を踏み入れた。
城の侍女は本戦だけが闘技場で行なわれると思っていたらしいが、どうやら本試合の選手抜粋もこの場所で行なうようである。
広い闘技場内に、白い石畳で作られたのだろう、戦いの場が三つに区切られている。
そこにたむろするのは、一味違った気迫を持つ者たちばかりだった。
人数はかなり居るように見える。
闘技場の観戦場にも人の影が多く見受けられた。
早くも歓声や罵声、喧騒などが耳に入る。
娯楽としても、そして真剣な戦いの場としても、ここはすべての規模が大きい。
「えぇっと……僕等はCエリアで予選だ」
「C? 端か?」
「みたいだね」
城内に入る際に貰った用紙。
受け付けでの身分確認と同時にこれが渡された。
兵士が言っていた「組み合わせはその時にならないとわからないが」というのは、この事だったようだ。
「相手、誰だろうね」
「……油断するな」
少しウキウキしたように問うルージュを静かに諭す。
余裕をかます自信も良いが、それが敗北に繋がっては意味が無いのだ。
「Cエリアで予選の者達は、これで全員か!?」
辺りのざわめきを吹っ飛ばす勢いで、兵士の声が響いた。
大柄で、気迫のある表情。
全員の士気が、一気に緊張を増す。
「では、対戦の組を発表する! 受け付け時に貰った用紙の数字で呼ぶ。心して聞けよ? 聞き逃した、とか情けない理由は一切無しだ」
朗々とした声が、他のエリアからも聞こえる。
観戦場の客達も、少しだがざわめきが落ち着いてきている。
「予選の対戦方式は、組のうちの一人が戦う。どちらかが戦うかは、お互いで決めてよい。決まったら、あとは思う存分実力を発揮してくれればいい。では、始める!!」



こうして、本戦をかけての予選が始まった――

勝敗決定はいたって簡単。
相手を戦闘、または行動不能にさせるか。
あるいは石畳のエリアから相手を落とす。
相手が降参をする。
これが勝利条件である。
逆の敗北条件は、戦闘、行動不能になる。
石畳のエリアから落ちた場合。
自ら敗北を申し出た時。
他に、審判がこれ以上は無謀と判断した場合も、これにあたる。
そして、最悪な条件は戦闘相手を殺した場合である。
あくまで実力を発揮する場である大会での殺生は騎士道に反する。
そういう理由で、殺しはご法度に当たる。
もちろんそれを冒せば、罪に問われ、即座に捕まる。
条件内での戦いに勝利し、全てに勝利して、初めて武術大会での栄光が手に入るのだ。





「勝負有り!! 勝者はNo13・ジザーク組!!」
勝敗が決定するたびに、歓声が、落胆の声が上がる。
次々に名の消えていく戦士達は、あるいは泣き、あるいは満足気にいる者もあった。
「次!! No21・タヴェト組!! No47・リヴァート組! 前に!!」
数字と名を呼ばれ、双子は顔を見合わせてエリアを見据えた。
すでに対戦相手なのだろう、二人の青年が見えた。
ゆっくりとした足取りでエリアに上がり、互いの組が顔を合わせる。
「さぁ、どちらが戦ってもよい。私が始め、というまでに決めてくれ」
そう言い、審判の兵士は二組と距離を置いた。
お互いがお互いを観察し、その能力を探ろうとしている。
向こうもどう出るか、小声で相談し、頷きあった。
「決まったか。そちらはどうだ?」
審判に言われ、ブルーとルージュは顔を見合わせた。
「では戦う者、前へ!!」
響き渡った声に、ルージュは身を翻してエリアを降り、ブルーは一歩前へ歩み出る。
「ブルー、がんばれ」
下から聞こえた声に、視線で答えブルーは前を見据えた。
「それでは……始め!!!」
緊張がピークに達する合図。
青年は始まりと同時に剣を抜き、構えた。
相手はじっとこちらを見たまま剣を抜く様子がない。

――動かない?

いや、そうでないのはすぐ分かった。
左側にさしている鞘に手が触れている。
柄は握っていないが、隙は無い。
「……それでも!!」
青年は自分に言い聞かせ、剣を振り上げる。
「行くぞっ!!」
その一瞬、紺碧の瞳が細められ、銀の絹糸が舞った。

――キィッン……!!!

たった一呼吸。
瞬きさえしていなかったのに、その動きは速すぎた。
横に構えた剣が一気に弾かれて空に舞い、エリア外に落下していく。
間合いを詰め、過ぎ去ると同時に弾いたのだ。
痺れの残る手を見つめ、そして背後の気配に振り返る。
背を向けているが、その気配はあらゆる行動を予期し、読み取ろうとしていた。
ゆっくりと振り返ったその深い蒼は、鋭く射抜くような気を持っていた。

――ガシャッ。

剣の落ちた音にハッと我に返り、青年は剣を見つめ、そして再び相手に目を向けた。
風に流れる銀髪、あの動きでさえ呼吸も乱さずにいる冷静な瞳。
再び飛び掛ろうものなら、今度は斬られても可笑しくない。
そんな、鋭利な気迫。
頬を汗が伝う感覚が、よくわかる。

「……負けを、認める」

少し枯れた声で、青年が言葉を紡いだ。
それを同じくして、ブルーは静かに剣を鞘に治める。

――キン…ッ…

あまりの速さと強さに気おされたのか、響きそうもない場所に鞘と剣の音が響いた。
静寂が、辺りを一瞬包み込んだ。
「お疲れ!」
笑顔で駆け寄るルージュを合図に、周りが一斉にざわめきたった。
「どう? 初戦は?」
「いつもと同じだ」
指をさされ、視線を浴びるのもなんのその。
二人はいつも通りの会話をし、エリアを離れていく。

「よっ! お二人さん、いい結果してんじゃん?」

「っ!?」
「ぃっ!?」


背後から掛かった声に、声が思わず上ずる。
双子は少し顔を見合わせ、そしてゆっくりと背後を振り返った。
流れる黒髪、ヘソ出しの見慣れた服に美しい体付き。
風になびく髪を払い、ティミラはニッと笑顔を浮かべた。
「圧勝って感じだよな」
「一発で剣弾くんだもんね。早いって言えば、早く終るけど……」
横にいたシランが近づきながらそう告げる。
が、ブルーはシランとティミラを交互に見つめるだけだった。
「どうしたの?」
「……どうしてここに? 観戦席は上だぞ?」
予選であれ本戦であれ、この闘技場には参加者しか入れない。

そう聞いていたのだが――

なんとなく予測つく返事に、双子は再び顔を見合わせた。

「あたし達も参加したの」
「オレ達も参加したんだ」

嫌にハモって、二人は仲良く「ねぇー」なんて言って頷きあう。
「お……お前は……」
王女であるシランの行動に、ブルーは目の前が真っ暗になる感覚を味わった。
「自分の立場をわかっているのか? なぜ参加した?」
「参加しちゃいけないって言われて無いもん」
怒鳴るわけにもいかず、静かに聞けば笑顔で返ってくる。

――確かにそうだが……

しぶい顔をするブルーに、「どうだ」と言わんばかりのシラン。
受付の時、妙に姿が見えないと思ったら、ちゃっかり参加していたのか。

「次の予選、行くぞ! No50・ルグナ組! No30・ハドラ組、前へ!!」

脱力しきったブルーをよそに、予選はちゃくちゃくと進んでいく。
名を呼ばれたシランはヒラヒラ手を振りながら横をすり抜け、ティミラもまた、首を回しながら足を進める。
ブルーは諦めと自分を落ち着かせるために、大きく息を吐き、エリアを見つめた。
シラン達の相手は、少し大柄な男である。
筋肉質、という訳ではないが武器にしている斧がいかにもな雰囲気だ。
「だいじょうぶなの?」
「……ティミラならどうでもないが、シランはどうするか……って!?」
そこまで言って、ブルーは目を見張った。
エリアから降り、地に足をつけたのはティミラだった。
つまり、エリアに残っているのはシランである。
「ちょちょちょ……!! ちょっとティミラ!!」
ルージュは思わずそばに掛けより、ティミラの肩を掴み揺らす。
「どど、どうしてシランを!?」
「あぁ。アイツが最初が良いって言うから……」
「そうじゃないでしょーが!!」
ケロリと答えるティミラに、慌てふためき目を丸くするルージュ。
その後ろでは、ブルーもさすがに心配そうにエリアを見つめている。
「何がそうじゃないって……」
「だからどうしてシランを!?」
「だからアイツが最初が良いって……」
「そうじゃなくてぇええ!!」
「じゃなんだよ。意味わっかんねぇなぁ……」
なおも慌てまくるルージュに、ティミラは目を細め、肩の手を外した。
「最初が良いって言うから初戦させてるんじゃん。何が悪いんだよ」
「でも……分が悪くない?」
そうつぶやいてエリアを見上げる。
確かにシランは、それなりに戦えはする。
だがそれも普通より少し、というレベルで力は明らかに劣る。
そんな彼女の相手が、よりにもよって大男とは、ツイていない。
戦いは、今まさに始まろうとしていた。
「まぁ見てなって。なんかアイツ、良い事思いついたって言ってたぜ?」
「良い、こと?」
ニヤリと笑い、ティミラはそうだけ言ってエリアに目を向けた。
その視線を追い、ルージュも再びエリアをゆっくりと見上げる。
「では、初めよ!!」
兵士の声を合図に、辺りが一気に静まりかえる。
シランと対極に立つ大男は、ニヤニヤとした顔で斧に手を当てた。
「お嬢ちゃん、悪いこたぁ言わねぇ。素直に引き上げな。じゃねーと、頭割っちまうぜ?」
舌なめずりなんぞして凄む男に、対戦相手でもない周りの参加者達は顔を見合わせた。
周りからは「やばいんじゃないのか?」、「勝ち目、あるのかよ」などと悲観的な意見が出て、あるいはティミラに視線を向ける者もいた。
が、そんな連中など綺麗に無視して、ティミラは大声でシランに呼びかける。
「良い事思いついたんだろー? 思いっきりやっちまえよ!」
両手を振り回して笑顔で言う美女に、大男は一瞥をくれ、シランを見た。
「良い事? なんだぁ、何か良い事でもあるのかい?」
一々声をかける男に、シランはにっこりと笑顔で答えた。
「うん、おじさんみたいなのを一発でぶっ飛ばせる方法、考えてあるんだ」
「一発でぇ? へっへへ、そりゃ面白いなぁ。考えたのか、一生懸命に?」
「そう。あたし、力弱いからね。そこらへんも考えないと勝てないでしょ?」
「そうだなぁ。つぶされてお終い、になっちまうなぁ……」
顎を手でさすりながら、男は目を細めた。
「そうだ、この際だ。俺様は寛大だぜ? お嬢ちゃん、一発当ててみろよ?」
余裕の表れか、男はまだニヤニヤと表情を緩くしている。
「この俺様とお嬢ちゃんじゃ、勝負なんて目に見えてるからなぁ……優しいだろ?」
「う〜〜ん……でもいいの? 一発で負けちゃうよ、おじさん?」
はっきり言い切るシランに、大男はぎゃはははと大口でつばを飛ばし、笑った。
「負けさせれるなら、負けさせてみろってぇの! いいから、ホレホレ……」
手のひらを煽るように動かし、大男は斧を地面に突き立てる。
困ったようにシランは、自分を見上げるティミラに顔を向けた。
ティミラといえば、目を細めて微笑み、親指を立て首を切るような仕草で答える。
それを見て苦笑しつつ、シランは目を閉じ意識を集中させた。
「セイクリッド・ティア」
手の先が僅かに淡く光り、そしてそれが形を成し光を失ってゆく。
剣で戦うのかとブルーは思い見ていたが、彼女の手にいつもの大剣は無い。
普通の剣でもなく、弓でもなく、姿を成したのは白緑(びゃくりょく)色の鉄扇。
意図が分からず、ブルーはルージュと顔を見合わせた。
「ほぉ? なんかめずらしいヤツだなぁ。魔力がこもった武器、か?」
「まぁ、そんなトコロだね」
苦笑して、シランは鉄扇を広げる。
薄い緑が光を反射し、まるで硝子細工のようにきらめく。
「それで、どうやって俺様を一発で倒すんだ? まさか殴るわけじゃねぇよなぁ?」
「殴るわけないでしょ? 槌とかトンカチじゃないんだから……」
鉄扇で口元を隠し、シランは目だけで笑った。
「じゃ、おじさん、約束だよ。一発当てさせてね」
にこりと告げ、シランは鉄扇を持った右腕を横に広げた。
「おうよ。どんな攻撃か楽しみだぜぇ?」
大男もまだ余裕を見せ、その両腕を広げて見せる。
さぁこい。そういわんばかりの姿に、シランはため息を吐いた。
「いいんだね? じゃ、いくよーっ!!」
すっと風を撫でるように、滑らかにその腕が動く。

一瞬だけ、辺りを取り巻く空気が静止し――

――ッドン!!!!

「なっ!?」
ただ普通に扇を仰いだだけなのに。
鼓膜を押しつぶすような空圧が辺りに広がり、瞬間的に爆発を起こした。
いや、あくまで爆発したような音が響いただけで、そこに炎などは一切無い。
それは呪文で突風を起こしたときのような、そんな破裂音だった。
音と同時に、大男の体が、まるで紙切れのように浮かび上がり、次の瞬間には闘技場の壁際にまで吹き飛ばされていた。
空圧にまみれた耳に、男の倒れる音は聞き取れず、そこにいた参加者誰もが目を疑った。
少女が扇を仰いだだけで、大男を吹き飛ばし、場外へと叩き出したのだ。
起こった現状を理解し、そして尚全員が息を飲んで少女を見つめる。
「ほらね、一発で終ったでしょ? 人を見かけで判断してちゃ、まだまだだよ」
にこりと笑みを浮かべるシランに、周りはザワザワと騒ぎ出す。
「衝撃波……か」
ポツリと洩らしたティミラの言葉を、誰もが聞き逃さなかった。
集まる視線に、いたって普通にティミラは頭を掻いた。
「魔力の込められた武器ってーんなら、あーいう感じで風を使えても、変じゃないだろ? まぁ、オレは魔法に詳しくないから、よく知らないけど……」
口からのでまかせに、だが周りは――双子を除いて――それをうのみにする。

「魔法の武器、か?」
「もしカーレントディーテとかなら、そういうのありそうだよなぁ……」
「遺跡とかから出てきたってか?」
「そうとう強い魔法なんだろうなぁ……」

誰が誰とも言わず顔を見合わせて、口々に意見を述べる。
まるで自分を納得させるかのように。
もちろん、ティミラとブルー、ルージュの3人だけはそれが原因ではないのを知っているのだが。
「ハドラ組、場外。勝者! ルグナ組!!」
辺りのざわめきと現状に動揺しつつも、審判の兵士は冷静さを取り戻し、予選を進める。
エリアから降り、シランは参加者の間をすり抜け、3人の元に駆け寄ってきた。
「イェぃッ!!」
満足気な笑顔でピースをするシランに、ブルーが呆れたようにため息を吐いた。
「これを狙ったのか?」
こめかみを抑え眉をしかめるブルーに、シランは折りたたんだ鉄扇で彼の胸を叩いた。
「一発で終るとは思わなかったけど、試してみたかったのは本当だよ」
フと手の中に収まっていたセイクリッド・ティアを消し、シランは両手を頭にまわす。
「どう? こういうのも、ありなんじゃない?」
いつも通りの無邪気な笑みに、ブルーは苦笑しつつ新緑の髪に触れた。
「よく思いつく。感心するな」
「その割には複雑そうな顔してるけど?」
「それは、参加したことに対して複雑なだけだ」
「どうして? やっぱり駄目?」
少しだけ申し訳ないと感じたのか、曇る表情に、やはりブルーは苦笑した。
「……言っても参加するだろうに。無茶はするな」
僅かな穏やかさを含んだ言葉に、シランは安心したように頷いた。
 
 
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