『 WILLFUL 〜戦う者達T ≪武術大会≫〜

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  WILLFUL 7−5  


バシンッ、と皮の乾いた音が地面を叩いた。
女は細い目をさらに厳しく引き締めて、ティミラを睨みつける。
「さぁ!! 勝負よっ!!!」
ビシィっと指を突きつける女と対照的に、ポリポリと頭を掻きながら顔をしかめるの黒髪の美女。
正直言って、やる気が微塵も感じられない。
しぶったまま動こうともしないティミラに、女はこめかみを痙攣させていく。
「ちょっとアンタ!! やる気あるの!?」
「勝つ気はあるけどやる気はあんま……」
「なんですってぇええ!! アンタ、あたくしを馬鹿にしてるの!?」
「馬鹿にしちゃいないけど、友達にはなりたくない部類だと認知してる」

――ぶちぶちぶち。

「キィイイイイッ!!!! 舐めるのもいい加減におし!!!」
「……オレ、何もしてねーだろ?」
呆れ口調で言っても後の祭。
キレまくり、叫び喚き、女は鞭を振り回す。
見目は麗しい女だが、その騒ぎ様とその格好のお陰か、周りの参加者達は少し呆れたように今の現状を見つめている。
「すごいな、女は……」
やはり呆れたように言うブルーに、シランも頷いた。
「で、ルージュ。お前はどっちだと思う?」
「ティミラの方が綺麗」
「……お前に聞いた俺が愚かだった……」
見向きもせずあっさりと聞いてもいない事を答える弟に、ブルーは落胆した。
「まぁティミラが勝つんだろうけどね……」
待っていた答えをシランが答え、そして視線をエリアに戻した。





「覚悟おし!!」
振り上げた鞭を自在に操り、女は執拗にティミラを狙った。
皮がうねりを上げ、空気を裂く音が響く。
「っち、あっぶねぇおねーちゃんだな……」
余裕があるとは言え当たる気は無く、ティミラは黒髪を揺らしてそれを避けている。
「やるじゃない!!」
「……どーいたしまして」
「だけどね……」
一瞬攻撃の手を緩め、女は開いていた片手を腰に回す。
「あたくしの武器は、一つじゃないのよ!!」
そう言って、再び鞭がうねりをあげる。
「何度やっても……」
「同じじゃないわよっ!!!」
軌道を読んだはずなのに、眼前に黒い一筋が迫った。
不意打ちに顔をそらし、そこへの一撃は避けたが肩に痛みが走った。
見れば赤い痕がスゥっとついているではないか。
「あらら、綺麗な肌なのに……」
ニタリと笑う女の両手には、一本ずつの鞭があった。
「二個持ってたのかよ」
「これが本来のあたくしのスタイル、ツインテイルよ」
「へぇ……」
少ししびれる赤い痕をなぞり、ティミラも不敵に笑みを洩らした。
「ネーミングセンス、ゼロだな。お・ば・さ・ん?」
後半の強調された四文字を耳にし、女はドンドン顔を赤くしてゆく。
「っ!!! 倒れておしまいっ!!!」
叫びと共に二本の鞭を操り、一気にティミラに襲い掛かる。
うねる黒い影が、すばやく風を切っていく。
「ヒステリックだなぁ……ウェリダってサキュバス、思い出すわ」
ぶつぶつと文句をたれつつも、ティミラは軽々と攻撃をかわしていく。
「くっ、大人しくしていなさいよ!!」
「悪いな。性分上大人しくはしていらんねータチなんだ」
「……っそう!! ならこうしてあげるわ!!!」
そう女が叫ぶと同じく、再び顔目掛けて鞭が動いた。
「っ!!」

――バシッン……!!

一本はなんとか腕に絡ませて防いだ。
だがもう一本はタイミング悪く避けるに至らず、頬に渇いた音が響き、徐々にそこが熱を帯びていく。
腕の鞭を解く事もせず、ティミラは少しだけ眉を潜めた。
「っテェ……」
「あら。顔、赤いわよ?」
すっと頬に指を這わせば、指二本分ほどの腫れが感じられる。
「あ〜、ムカツク」
「そうでしょうねぇ……綺麗な顔が…」
「顔なんかどーでもいいんだよ」
低く呟いて、ティミラは鞭の絡まった腕に力を込めた。
「ったく、自分に腹立つ。そうだ、ケンカや戦いなら遠慮やナメはしちゃいけない」
「…っ?」
ぐん、と鞭の柄が引っ張られた。
それは、相手の腕を捕えていたはずの鞭の方で。
「んなっ……何を…!!」
徐々に力が強まり、慌てて鞭を引くがビクともしなかった。
「そうだ……遠慮なんかいらないんだよな。どうせ勝ちか負けか、一つしかねぇんだ」
ゆっくりと顔を上げて、顔を引きつらす女を睨み上げる。
硝子のような翡翠の瞳が、鋭利な光を放った。
「……おばさん。いい事一つ教えてやるよ!!!」
声を荒げると同時に腕を振り上げ、赤のグローブに包まれた手から鞭を奪う。
「っ!!?」
空に放り投げられた鞭は、吸い込まれるように宙を舞い、ティミラの手に収まった。
柄を満足そうに見て笑みを浮かべ、そこを握り、振り上げる。

――パァンッ!!!

「オレもこういう武器、苦手じゃねーんだよ」
「なんですって……?」
鞭を取り上げられた時に感じた力、そして地を鳴らす音。
それらから考えても、鞭の威力に差が出ているのは明確だった。
「オレはさ。育った環境のせいで、ケンカとか殴り合いが絶えなかったんだよ」
器用に鞭を操り、その手に収めるティミラ。
「で、そんな事ばっかしてれば腕っぷしは強くなるは、武器慣れするわで……」
鞭を女の前にちらつかせながら、静かに言葉を続ける。
「こういうのの扱いにも長けてるってわけさ」
「……そう。でも、だからってあたくしに勝てるとでも?」
まだ余裕さえ見せる女を見据え、ティミラは再び鞭を地に落ろした。
「勝てるつもりとか、勝てないかも、じゃなくてだな……」
女は一瞬にして膨れ上がった気迫に身を引きつらせた。
「勝たなきゃ意味がねーんだよっ!!!」
腕を振り、鞭を走らせてティミラは叫んだ。
「くっ、なめるんじゃないわよ!」
女も額に冷や汗を浮かべながらも、それを横に飛んでかわし、そこから攻撃を仕掛ける。
もちろんティミラもそれを許すわけが無く、かわされた鞭は床を虚しく叩いた。



「ティミラって、鞭使えたんだ」
二人の攻防を前にして、シランがポツリと洩らした。
「あれ、シランは知らないっけ?」
きょとんとしてルージュに言われ、こくりと頷く。
「あぁ、そっか。あれは僕が会った当初の事だから、知らなくて当然か……」
そう言って頭を掻いて、少し昔を思い出す。
昔と言っても3年前の話である。
そんな過去でもないのだが、彼女は変わった。
以前は手が付けられないほど荒れていた。
それは行動や言動はもちろん、思考さえもそうだったが。
今の性格さえ、前を思えばさほど酷くない。
だが、身体は経験し習得したモノを覚えているようで、あの武器もその一つに当たる。
「出会った頃って、どんなだったの?」
そういえば聞いた事無いと思って口を開けば、ルージュはいつもの笑顔を浮かべて、
「……まぁ、ちょっと素行が悪かったかな。今より、ね」
言いながら、エリアを静かに見上げた。
そうこうしているうちに、戦いは決着が着きそうになっているようだ。
女は疲れた表情で膝を着いているが、逆にティミラは澄ました顔で立っている。



「くっ……」
「悪いな。終らせる……」
鞭を鳴かせ、ティミラは目を細めた。
だが、女がにやりと笑うのを見て、怪訝そうに眉を潜める。
「……ふっ。あなたと戦って、普通に勝てるとは思っていなかったわよ」
「……?」
女はぶつぶつ何かを言いながら立ち上がり、静かに右手をティミラに向ける。

「……フレイムロアー!!」

聞きなれた言葉を耳にし、ティミラは起こり得る状況を予測して横に飛んだ。

――ボゥッ!!

辺りの熱気が一条の炎となって、脇を掠める。
周りにいた参加者は、着弾しようとするそれを避けようと一気にちらばってゆく。
「あら、避けるのはやっぱり上手ね」
心の底から皮肉を込めた言葉に、ティミラは少しだけ眉を潜めたが、すぐにそれを消した。
「今の……魔術だな。あんたも使えるのか」
「というと……アンタも?」
「いんや。生憎か都合が良いか、オレは使えない。オレの……」
ちらっとエリア外にいるルージュに目をくれて、
「オレの知り合いが魔術師でな……」
「ティミラー!! 酷いよ、知り合いなんてっ!!! 僕等恋人同士でしょ!?」
「うるせー!! 黙ってろ、殴るぞ!!」
一喝されシュンとなったルージュを横目に、ティミラは「はぁ」とため息を吐いた。
「ま、とにかくそういうこった。魔術は見慣れてるっちゃぁ見慣れてる」
「へぇ……あの銀髪の彼、が?」
「そうだ。白銀の双頭……って聞いた事あるだろ?」
ティミラの出した通り名に、女は自慢気に笑みを浮かべた。
「えぇ、知ってるわ。昨日、会ったもの」
「……会った、だと?」
「そうよ」
女の思わぬ言葉に翡翠の瞳が見開かれる。
昨日は少なくとも、双子は自分達と一緒にいた。
二人に会ったとなれば、ティミラも顔を見ているはずだが。
「おい待て。オレはお前とは会ってないぞ。それなのに……ブルーとルージュに会ったって言うのか?」
「ちょっとアンタ。白銀の双頭のお二方を呼び捨てなんて、何様なのよ」
「何様って……オレはさっきからその二人と騒いでたじゃねーか。何様もクソも、オレ達は一緒に旅してるし…」
「一緒に旅? アンタ何言ってるの? お二方は、二人だけで旅をしているとおっしゃられていたわよ」
「二人……だって? どういうことだ……」
意味不明で、繋がらない会話にティミラは思い切り眉を潜め、問題の双子に顔を向けた。
だが肝心の二人も、思い当たるふしが無いと顔を横に振る。
「おい、本当にそれ、白銀の双頭だったのか?」
「何を言うのよ! 間違えるはずないわ。この目で見たんだから」
肩に掛かる茶色の髪を手で払い、女はジト目を向けてきた。
「一人はブルー様。銀色の甲冑を着けた、とてもダンディな男性よ」
「銀の甲冑?……ってか、ダンディって……」
ほぅっと一人で頬を赤く染め、女は続けた。
「ルージュ様は白いローブを身に纏った、少し歳のいったお方だったわ。でも…あの渋い雰囲気は、ブルー様とまた違うステキなところがあるわ……」
「白いローブに銀の甲冑……その二人組みが白銀の双頭だってのか?」
「間違い無いわよ。自分達で名乗っておられたし、何よりその“白銀”という通り名が証明してるじゃない。銀の甲冑に白いローブの、二人組……」

「………………………まじかよ」

一通り聞き終え、ティミラは呆然と呟いた。
他の国で、二人がどのように知れ渡っているかは詳しくはわからない。
だが、女の話を聞いていれば、おそらく偽物がいることになる。
「……ありえねぇだろ」
「それより、アンタ。無駄話してていいの? あたくしに負けちゃうわよ?」
頭を占めていた偽者浮上を打ち消す女の余裕。
ティミラは静かに目線を女に合わせ、大きく息を吸い込んだ。
「そうだな。無駄話はやめにしようか……」
心を落ち着けるように、吸い込んだ空気を吐き出し、ティミラは鞭を握り締めた。
「いい加減……終らせる!!!」
「それはこっちの台詞よ!!」
女は両手を突き出し、急ぎ呪文を唱え、完成させる。
「イグニスローズ!!」
初めて聞く呪文に、ティミラは一瞬躊躇をし、その場に留まった。
「駄目だ!! 動いて、ティミラ!!!」
「っ!!?」
背後から聞こえたルージュの声と同時に、足元が赤く光る。
声と嫌な予感に、ティミラは後ろに大きく飛び下がった。

――ゴゥッ!

その瞬間、目の前を掠めるように炎が吹き上がり、地と空気を焦がす。
「っち、下からかよ……」
着地しつつ体制を立て直し、完全に炎が消えぬ間に、女が居るはずだろう場所に鞭を振る。
小さな悲鳴が聞こえたが直撃はしていないらしく、炎が消えた先に女は立っていた。
「あぶないじゃない!」
「うっさい!!」
再び呪文が唱えられると同時に、ティミラも渾身の力で鞭を振り上げた。

――…場外に追い出す!

狙いを女の足元に定め、一閃を繰り出す。
「…っ! ウィンドラッシュ!!」
「う、っあぁ!!!」
バランスを崩しつつも女が術を放つと同時に、ティミラの身体が宙に放り出される。

投げ出された先にエリアは、無い。

「ティミラァ!!」
ルージュが声を荒げ、シランとブルーも顔色を変える。
シランは、思わず隣にいたブルーの黒いマントの端を力を込めて握り締めた。

――よりによって、場外負けなんて……!!

「あたくしの勝ちね」
突風の中、聞こえるはずの無い女の声が耳をかすめた。
目の端に映ったのは、にやりと唇を吊り上げた表情。

――ムカムカッ。

「おばさんも道連れだ!!!」

――ヒュパンッ!!

「え……? きゃぁああああっ!!」

空で体制を変え、ティミラは鞭の先に女の足を捕え、そのまま自分と同じように宙に放り上げ、投げ出す。
もちろん、相手の着地地点もエリア外になるよう、全力で。

――ドッタン…!

「いった、痛ぁい……」
腰を打ったのか顔を歪ませる女の側に、ティミラは静かに着地した。
「痛み分け、だぜ?」
「っく……!!」

「両者場外!! この試合、両者敗退となるぞ!」

兵士の言葉に、女は悔しそうに地面を平手で打ち、ティミラは黒髪をガシガシと掻いた。










「悪かったな。ヘボしてさ」
ティミラはバツが悪そうに目をそらし、頬を掻いた。
「まったくだ。油断してるからそうなるんだ」
「あんだとテメー。相変わらずむかつくな……労いぐらいしろっての」
「あぁ。お疲れ」
「ンな気もねぇ癖に言うな!!」
「まぁティミラ! 今後に生かしなって、ね?」
ルージュに肩を押さえられ、ティミラは「イーッ」とブルーを睨み、またシランに視線を落とした。
「とにかく、ほんとに……ごめんな」
「うぅん。元々大会そのものに出るまで行く気は無かったから」
微笑み、首を横に振り、シランはそう言った。
「それはオレも同じだけど、ね」
思わず苦笑を洩らし、ティミラは少し遠めに瞳を向けた。
視線の先には対戦相手の女が、一緒に参加した仲間なのだろうか、一人の男にめちゃくちゃに八つ当たりをしている光景が見えた。
「ありゃあ……あれじゃ、おばさんじゃなくて男の方が大変そうだな」
「そうだね」
くすくすと笑い、シランは唐突に「あ」と手を叩いた。
「そういえば……次勝ってたら、対戦相手ブルー達だったみたい」
「まじか?」
ブルーを見れば、静かに首が縦に動いた。
「へぇ、それが分かってれば、もっと早く終らせたけどな」
「そうだね。でもティミラもあの女の人も消えたから……どうなるんだろう…」
「お前等の次の相手は?」
「僕達は分からないけど……」


「皆のもの! よくココまで健闘してくれた!! 予選はココまでになる!!」


朗々と響いた兵士の声に、エリアにいた参加者達が顔を見合わせた。
「各エリアで勝ち残ったのは二組。計六組で、明日の本戦に望んでもらう!」
その言葉に、誰もが高鳴る緊張を隠し切れなかった。
「いよいよだね! がんばって……!!」
「もちろんだ」
横から掛けられた小さな声援に、ブルーは新緑色の髪を静かに撫でた。
 
 
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