『 WILLFUL 〜戦う者達T ≪武術大会≫〜

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  WILLFUL 7−6  


「あいつ等が偽者、か?」
グレンベルト城内に宛がわれた、ティミラ達4人の部屋。
街では昼間の騒ぎを引きずるかのように、酒場のあちこちに明りが灯っている。
「あの女が言ってた通りの容姿だったな」
ベッドに沈めていた重い腰をひょいと上げる。
街とは対照的な暗闇の夜空を見上げ、ティミラは髪をかきあげた。
僅かに端が欠けた月は、いつもと違う、赤い光を放っている。
「まぁでも、偽者名乗るくらいだから、多少腕に自信はあるんじゃない? 実際に、予選に勝ち残ってたんだし」
あっという間に過ぎた昼の武術大会の予選。
勝ち残った者だけが兵士達に集められ、明日の事が詳しく伝えられた。
その場に居たのは、勝ち残るだけある実力を持つ、気迫のある者達ばかりだった。
その中に、女が言っていた“白銀の双頭”も居た。










『では、明日の健闘を祈る。今日はゆっくり休むが良い』
隊長らしき兵士の言葉を最後に、予選は幕を閉じた。
双子も含めた勝ち残り組は、それぞれの場所に戻ろうと散り始めた。
『おい! そこの銀髪の双子のガキ』
唐突に背からかかった声。
二人は顔を見合わせ、声の主を確かめるために振り返った。
『それって僕等のことですか?』
人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、答えるルージュ。
ブルーは相変わらずのポーカーフェイスで、無言だった。
『ほぉう。こんな小僧が“白銀の双頭”を名乗るとは、なぁ?』
『………何の事だか、図りかねますが?』
少しだけ表情を崩した口調に、それでも目の前の男は笑みを浮かべた。
声をかけてきたのは、大きい身体を銀色の甲冑で身を包んだ剣士。
そしてその背後に佇んでいるのは、白いローブを纏った男。
『いやな。ここに参加する時に“白銀の双頭を見た”という奴らがいたので、話を聞いたらキミ達と容姿が一致して、ね』
『へぇ……それで、僕等がそうではないか、と?』
『あぁ。俺達の名を語る“偽者”ではないかと思ったんだが……こんなガキとはなぁ』
『……っ!』
『やめろ、ルージュ』
一瞬にして目つきを変えたルージュを静かに牽制し、ブルーは前に歩み出る。
『失礼だが、俺達は白銀の双頭だと名乗ってはいないが?』
『では、違うと?』
『……はっきり言った方がいいか?』
普段は波音さえ響く事の無い海のような瞳が、苛立ちに染まる。
様子のおかしい二組に周りが気付き、少しだけ空気が悪くなっていく。
『止めよブルー。大人げ無いぞ?』
“ブルー”と呼ばれた男は、顔だけ振向きローブの男を見た。
『ルージュこそ黙れよ。俺はガキが嫌いなんだぜ?』
『口調が悪い。礼儀が無いんだな』
鼻で笑った甲冑の男を、今度はブルーが皮肉り、笑みを浮かべた。
『ガキが……』
『知らないのか、白銀の双頭の噂を。奴らは“騎士になった19歳のガキ”だって言うじゃないか。どう見ても、お前達はそうとは見えないが?』
『噂なんて、一人歩きして尾ひれが付くのが相場だ。強すぎるあまり、勝手に話が増えていったんだろう』
『…………確かに。噂に尾ひれが付く点には同感だな』
そうとだけ返し、ブルーは「帰るぞ」と短くルージュに声をかける。
不満気に“ブルー”と“ルージュ”と互いを呼び合った二人を一瞥し、ルージュはすぐさま兄の後を追いかけていった。
『明日、楽しみにしてるぜー! 偽者ぼうや! 逃げんなよ!?』
『貴様こそ、夜更かしでもして体調崩したらどうだ? 負けた時の言い訳になるぞ?』
『なっ……んだとぉ!!』
後ろで喚き散らす罵声を無視し、双子はそのままシラン達と会場を後にした。










「だからって、あの性格はねぇだろ。いくらなんでもブルーとは似ても似つかない」
「何のために名乗ってるか知らないけど。まぁ少し楽しみが出来たじゃない?」
嫌に笑顔で言い、ルージュは座りなおしたティミラの横に腰を降ろす。
「楽しみ?」
「うん。有頂天になってる人の鼻は、きっと良い音で折れるはずさ」

――ちょっとくらい本気、出してもいいよね。彼らも久しぶりに外に出たいだろうし……

両手を握り締め、ルージュはふと空に浮かぶ赤い月を見つめた。
「どうした?」
「……なんか嫌な月だなって」
「赤いのが?」
「うん。何かありそうな気がする……それに……」
静かにベッドから立ち上がり、夜空の輝く空の見える窓の手すりに手をかける。
「……この眼と同じ色って、嫌だな。あまり、好きじゃないかも」
空を見上げる緋色の瞳が、少しばかり細くなる。
「よく子どものころ……兎の目だとか、色々からかわれたし」



――おっまえの目玉は兎の目! 真っ赤でか弱い兎の目!
『またやってんのか!?』

――やばい! ブルーが来たぞ!!
――逃げろ!!

『……おにーちゃん?』
『お前……また言われたのか?』
『だって、本当のことだし……』
何も言わないで、手を引っ張ってくれた。
『帰るぞ? 母さんが帰ってきてる』
『ほんとに!?』
『あぁ。家まで競争するか』



いつも助けてもらってた。
気弱だったから、いつも苛められてて。
その度に、兄さんは助けてくれた。
手を引っ張って、支えてくれて。
兄さんが、僕の強さだった。



だから、置いて行かれないようにがんばろうと思った。
強くなりたかった。

『強くなりたい。もう一度会いたいんだ』

いつだか兄さんはそう言った。
だから、置いて行かれないようにがんばった。
強くなろうと決めた。
役に立つと、支えになると決めた。



「だいじょうぶ?」
心配そうに優しく掛けられた声。
翡翠の瞳が、困惑したように暗い色を帯びている。
戦場に身を置いているにしては細い指が、頬に触れた。
「泣いてる……」
静かに言われて、初めて目頭が熱いのを感じた。
「ごめ、ん……」
瞳を閉じれば、涙は止まる事無く流れて行く。
「偽者が居るとか居ないとか、どうでもいいんだけど……あんな言われ方、嫌いなんだ。何より、知り合いとか貶されるの嫌いだし。それが兄さんだなんて……」
「………そっか」
「名声じゃない。兄さんはシランのために、僕は兄さんと僕自身のために強くなるって決めた。だから、噂でどう流れようと構わない。偽者名乗ろうが、それも関係無いよ。だけど……それでも、僕らは……」
頬を撫でていてくれた手が、静かに頭の後ろの回され、肩に引き寄せられた。
頭を撫でる手が、背に回された腕が、身体に触れる体温が、温かい。
「っ……ご、め……」
「いいよ。謝る理由なんか無いだろ?」
「うん、ちょっと……頭に血が上りすぎたかな……」
「感情に振り回されるのは良くない。だけど、感情を押さえ込むのはもっと良くない」
「……………」
「前に、お前が私に言ってくれただろ?」
耳元に優しい音色が響く。
自分を包んでくれる身体に手を回し、少しだけ力を込めて抱きしめた。
「痛くない?」

――だいじょうぶ。

そう答えるように、背の腕に力が込められたのを感じた。
頬を伝う涙は、少しだけ肩をぬらした。















「………真っ赤な月」
暗がりの空に、明るい新緑の髪は深い色を帯びている。
金色の瞳に月を映し、シランは目を細めた。
「なんだろう……やな感じがする……」
グレンベルト城の屋上から見える夜空は、星が静かに煌いていた。
それとは対極に、何かが身体を取り巻くようにざわめいている。
まるで内から溢れるかのような違和感に表情も険しくなる。

――ドグッン……

「………………っ!」

いきなりの、強すぎる胸の胎動。
一気に熱を帯びていく身体に息を詰まらせ膝を突く。
「っぁ……はぁ、っはぁ……!!」
少しづつ荒くなっていく呼吸に、額に汗が滲み頬を流れた。
手が握り締める胸元は、ギリギリと音がするほど力が込められている。

『苦しいか?』

「……っっ!!?」
突如、まるで耳元で呟くような囁きが掠めた。
嫌に聞き覚えのある声に、シランは顔を上げて空を見上げた。
「どうして、どうして……セエレ……!!」
名を叫ぶが、その姿は見当たらない。
星が眩しい夜がそこに広がるだけである。
「姿ぐらい……見せたら?」
『だまれ。小娘』
「ぁああっ!!!」
胸を締め上げられるような、不可解な圧迫感に悲鳴が上がる。
治まる様子の無い、荒く繰り返される呼吸。
額を地面に押し付け、シランはなんとか意識を引き戻す。
『ほう、意識を失わない……』
「は、ははっ……けっこ、キツいんだけど……ね」
渇いた笑いを浮かべて、シランは唇をかみ締めた。
「何してくれたわけ?」
『何も。お前が苦しいのは、お前の血のせいだ』
「っく、ぁ……何言って……の?」
『俺はただお前に干渉しているだけだ。だが要らぬ血が混じると、こうも拒絶反応が起こり得るとは。不便だな。下等な魔術も扱えず、だが本来の力も使えぬ。人間以下だ』
「か、勝手に……は、なし進め……ないで……ほ、ほしいんだけど」
キツく閉じた瞳をこじ開け、なんとか空を仰ぎ見る。
そこに目当ての人物は居ないが、それでも力強く見上げた。
「何か、用が……あるん、じゃなくて?」
『……言ったはずだ』

イルヴォールでの事件。
彼は創造戦争の本を燃やし、自分達に言い放った。


『これ以上関われるのは、邪魔だ』


『警告を無視した事を後悔しろ』
「……ぅっぐ、あぁああっ!!!」
『気絶する程度だ。苦しいには変わりないがな』
身体を締め上げる干渉とは逆に冷静な声色。
瞳を閉じて、身体をキツく抱きしめて耐えても、意識が消されそうになる。
感じた事の無い流れ、力。
全身が痺れる感覚に、シランの顔は苦悶で埋まり、首筋に汗が伝う。

『これなら……永遠に力は目覚めないな』

なんの事を言っているのか。
だがそれにツッコむ気にもなれず、再び額を床石に押し付ける。
ぐらぐらと身体全体が振り回されているような感覚。
震える指が、がりっと屋上の床石をひっかいた。
意識が、遠くに投げ出されそうになる。





――……誰か…………誰かっ!!!!










……シラン!!










ふと、全身から圧迫感も痺れも消え去る。
一瞬にして解放された身体に、一気に虚脱感が襲い掛かってくる。
それと同時に、誰かに抱きこまれるような体温を感じた。
「・……………」
何か呼ばれたような気がしたが、答える気さえ起きなかった。
キツく、険しい表情をしていた顔はすぐに力を失い、そのまま意識を失った。





『やはり来たか…』





「シラン……!?」
遠くから聞こえたうめき声に、屋上への階段を急いで駆け上がれば。

「……ぅっぐ、あぁああっ!!!」

苦しそうに悶える、その姿が見えた。
いつもの明るい表情は、ただ苦悶に染まり、新緑の髪が荒く広がっていた。
「シラン!!」
急いで駆け寄り、抱き上げればいきなり全身の力が抜けた。
だらんと落ちた頭を支え、名を呼んでも目を開けさえもしなかった。
「…………一体……何が……?」
紺碧の瞳を不安に染め、ブルーは眠りに入った身体を抱きしめた。















「銀の髪に紺碧と紅蓮の瞳……容姿だけでなく、力まで復活しているとはな……」
遠くグレンベルト城を眺める丘。
「人間の分際だが、あの能力だけは侮れん」
静かな風に身を任せ、セエレは流れる赤い髪を払った。
「小娘は取るに足らん心配だったが、やっかいなのは二人。よりによって双子か……」
赤い月が、音もなく色を失い本来の輝ける金色の光を放ちはじめる。
「碧眼の小僧は確認出来た。あとは紅蓮の小僧だな……奴も力を持っているとしたら多少厄介だ。となれば、レヴィトに関しても気をつけた方が良さそうだな……」
ふと空を見上げて、セエレはにやりと笑みを浮かべる。

「今度こそ、終らせてくれる」

風に弄ばれる、赤黒い髪、なびく白の法衣。



「天に祝福を……」



その合間に見える瞳の色は、月と同じ輝きを持つ、金。





新緑の王女と同じで、されど鋭利で冷酷な金色――





忘れられていた歴史が、軋みの音を上げて動き始めた。





 
 
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