『 WILLFUL 〜戦う者達T ≪武術大会≫〜

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  WILLFUL 7−7  


空は、夜の赤い月など忘れたかのような、快晴。
「ん、よしっと……」
気が付けば腰程まで長くなった銀色の髪。
それを項で結うのは、いつの間にか毎日の日課になっていた。
慣れた手付きで髪を払い、ルージュは空を見上げた。
「イイ感じに晴れてるね」
横ではブルーが最後の点検とばかりに剣の手入れをしてる。
「やれるだけやっちゃおっか!」
「そうだな。やれるだけ、やるだけだ」
明るく言うルージュに答え、ブルーは剣を鞘に収めた。
キンッと音が響き、イスから立ち上がる。
「ティミラ、俺達は先に行く。シランが起きたら伝えてくれ」
「りょっかい」
ウィンク一つと言葉を返し、ティミラは手を振った。
シランは夜の出来事から目を覚ましていない。
ブルーは、二人にはシランが昨日の夜、苦悶の声を上げていたのを黙っていた。
屋上に行ったら、横になったまま眠っていたとだけ告げた。

――シラン……

表情には出さず、それでもブルーは小さく息を吐いた。
昨日のことが引っかからないわけではないが、それを聞きだすにはまだ早いかもしれない。
「行くぞ」
振り切るように頭を振り、マントを翻して歩き出す。
「うん」
先立って部屋を出たブルーを追って、ルージュも部屋を後にしようとした。
「ルージュ」
名を呼ばれ、半分出た身体を部屋に引き戻す。
瞬間、フと頬に暖かい熱が触れた。
翡翠の瞳が、とても近距離で自分を見つめてきた。
「ま、偽者なんてぶっ飛ばして来い。オレがついてるからな、安心しろ」
口付けが落とされた頬を呆然と触りながらも、ルージュは微笑んで頷いた。
「何してる?」
「すぐ行く!」
さっきよりも明るく、力強く答えてルージュは部屋を後にした。










空はどこまでも澄み渡る快晴だ。
グレンベルトの住民達、もちろんそれ以外の人々が闘技場に会している。
その押さえきれぬ興奮は、王家や特別な招待を受けた人々がいる特設の席にも届かんほどであった。
「おぅ……噂にゃ聞いていたが、すげー盛り上がりだな」
呆然と呟くアシュレイを横目に、イクスは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「同然だ、何せ一大イベント。盛り上がらねば損、だ」
お前も楽しめ。
そう付け加えられ、アシュレイはもちろんと頷いた。
「もう少し王族らしいやり取りは無いのですか?」
冷静にツッコむリルナに、二人は思わず顔を見合わせ苦笑した。
「相変わらず厳しい……」
「勝てねぇよなぁ、こんな厳しいエルフにはよ……」
「陛下、何か仰いましたか?」
「イイエ、ナンデモゴジャイマセン……」
ブンブンと大きく首を振るアシュレイをジト目で見つつ、リルナはため息を吐き、気を取り直して闘技場を眺めた。
「それにしても、本当にすごいですね」
「毎回問題が無い、といえば嘘に近いが……誰もが自身をぶつけるには良い場所だろう。こういうのもは悪くない」
「まぁ……好きとは言えませんが、嫌いではありませんね」
複雑な答えにも笑顔で対応し、イクスも闘技場に目を移した。
「メスティたちもここから見れば良かったのになぁ……」
「仕方あるまい、仲間のアーガイル殿やケイルがいるのであれば、そこに向かうのも承知。望めば席を設けたのだが…」
「そういったことを彼女があまり好まないのも、知っておいででしょう?」
「まぁ、な………ん? アッシュ、王女が来たぞ?」
言われ、視線の先を見れば兵士に案内されてこちらを見る娘の姿。
新緑の髪が風に揺れ、ゆるやかに揺れている。
その横には黒髪をなびかせるティミラが居た。
「ごめんっ……じゃなくて、申し訳有りませんでした。遅れてしまって……」
「構わないよ、王女。楽になさい」
気まずそうに視線を反らす王女に、イクスは横の席を勧めた。
「はい、ありがとうございます」
静かに着席しながら、ティミラも小さく頭を下げた。
顔が少々緊張で強張っているのは、まぁまだ慣れていないのだろうと思った。
「昨日はだいじょうぶだったのですか?」
いきなりのリルナの問いに、シランは何度か瞬きを繰り返した。
「夜の屋上で居眠りしてた、とブルーに聞きましたが?」
「……あっ………」



『警告を無視した事を後悔しろ』



一瞬だけよぎった不安。
だがそれを顔にも声にも出さず、シランはいつもの苦笑いを繕う。
「うん、風邪引くかと思っちゃった。ブルーが来てくれてよかったよ」
「まったくだ。こっちだってビビるっつの」
ティミラにコツンと頭を小突かれて、ごめんと小さく呟く。
「大会、もう始まるんですか?」
「これから開会になる。少し退屈かもしれんぞ?」
「そういうなよ、娘が寝るだろうが……」
「酷いなぁ……親父こそ寝ないでよね」
「二人とも、寝ないでくださいね」

『……はい』

ド厳しいエルフの一言に、カーレントディーテ王家親子は肩を落とし、苦笑するしかない。
ティミラとイクスもまた、クスクスと横で肩を震わせていた。

『では、開会にあたり…イクス国王陛下より、お言葉をお願い致します』

魔術で空気を操作し、声量を増やした司会の声に、イクスは立ち上がった。
「良い晴天に恵まれたな。今年もまた、皆、悔いの無い戦いを!!」
静かに、それでも気品溢れる王家の言葉を受け、闘技場は観客や戦士達の盛大な歓声に包まれた。
「そういえば……噂に聞いたが、白銀の双頭に偽者がいるとな?」
司会が順に話を進めていくのを背後に、イクスはシランに問う。
「誰から聞いたんです?」
「兵士だ。名前が重複しているという話が上がり、それが噂の“ブルー”と“ルージュ”と言うではないか。一体これはどういう事だと、こっちにまで話が来てな」
「そこまで広まってるのか……」
昨日の奴らの態度を思い出し、ティミラは少し眉間にシワを作った。
はっきりいって、良い印象など欠片もない。
「昨日の予選のお陰で、他の観客達にも広まっていてもおかしくない。実際、噂で持ちきり状態だ」
「二人の事、説明したんですか? どっちが本物かって……これじゃあ言葉だけじゃ収拾が付かない気がする……」
「そこらへんは問題ねぇよ」
心配そうに問うシランに、アシュレイは明るく答える。
「言葉だけじゃ足りない。どうせブルーとルージュだってそんなの嬉しくないだろうよ、“国王が言うから本物だ”なんて説明文は。だったら証明すりゃいい。どうせ勝つのは本物だからな。周りだって、実力で判断出来るだろうさ」
「あら……息子達は凄い期待をかけられているのですね」
「あったりめーだ」
苦笑をもらすリルナに対し、アシュレイは揚々たる笑みを浮かべた。
「俺が見込んだんだ。あいつらは、強い」
「……嬉しい言葉だわ」
にっこりと微笑を返し、リルナは闘技場に視線を向けた。





「そろそろだね」
「あぁ」
武術大会出場者の控え室の一つ。
他の数名の組もいるが、誰もが緊張を隠せず、空気はピリピリと張り詰めている。
余計な声の掛け合いは互いの邪魔になると、誰もが声を掛け合うこともなかった。
「まさかあの二人組みと一回戦で鉢合せなんてね」
他の対戦者は別の控え室である。
ルージュは昨日の二人が部屋に見えないのに、少しだけ苛立ちを覚えた。
「油断するなよ」
少しワクワクしたように言葉を吐く弟に、ブルーは瞳を閉じたまま忠告を出す。
「だいじょうぶだよ。わかってる……」
紅蓮の瞳を細めて、ルージュは口元をにっと歪ませた。
「第一回戦が始まる! 二人とも、付いてくるように」
控え室のドアが慌しく開き、予選時に審判をした兵士が声をかけてきた。
二人は静かに立ち上がり、顔を見合わせ拳を合わせる。
「いこっか、ブルー」
「あぁ。勝ちに行くぞ」
「もっちろん!!」
歩き出すその歩調は、自信に満ち溢れていた。





『さぁ注目は一回戦です!! 対戦者達はこの組です!!』
司会の言葉に、一瞬だけ歓声の波がやんだ。
『一組目、この名は届いているでしょう……“白銀の双頭”、ブルーとルージュ!!』

――おぉおおおっ!!!

歓声を背に姿を現したのは、銀の甲冑の剣士と白のローブをまとった男。
「なるほど。あれが偽者、ですか」
嫌に冷静に言うリルナに、シランは頷いた。
「……まぁ、偽者名乗るだけありますね。剣士は分かりませんが、ローブの……魔術師の方は多少なりと魔力はあるようですが」
「そうなの?」
「えぇ、でも“多少”です。メスティより弱いですよ」

――まぁ彼女も強い魔術師ですから、比べては失礼かしら。

心で付け加えて、リルナは男二人組みが出てきた出口とは逆の方を見つめた。
おそらく、息子達が出てくるのはこちらの方のはずだ。
『そしてもう一組……聞いて驚く無かれ!! “白銀の双頭”ブルーとルージュだ!!』
司会の発した言葉に、さっき以上の歓声と、そして驚嘆の声が上がった。

――本当に二組いたのか?
――昨日の予選は、どっちも強かったらしいぜ?
――どうなるんだ?
――どっちが本物だよ?
――わかんねぇ。銀の髪の双子に……銀の鎧と白いローブの男か。
――やっぱり勝つほうが本物だろ?

人々の間に飛び交うのは、疑問と期待のやりとりである。
会場は、今までに無い興奮に包まれた。





「きた。二人、出てきたぞ」
「ほんとだっ……」
ティミラに言われ、シランは身を乗り出して闘技場を見つめた。
周りの騒ぎなど何処吹く風。
銀色の髪を風に纏わせ、二人は静かに中央に敷かれた石畳のエリアに上がっていく。

『試合方式は予選とは変わります!! 二組、二人同時に戦っていただきます!!』

「なるほど、コンビでの実力が問われるってわけね。さすがグレンベルトの騎士精神に乗っ取るだけある」
「なら、俺達の勝ちだろうが」
「……………なぁんだ」
いやに“勝ち”にこだわると思ったら。
昨日の言葉には、少なくとも冷静な兄も頭に来ていたようだ。
「ブルーが本気なら、僕もやる気満々で行くよ?」
「それなら本気出せ。やるぞ」
無駄に仁王立ちをする剣士の男と、控えめなローブの男。
“ブルー”と“ルージュ”を見据え、剣の柄に手をかける。
「へへっ。やる気満々、だな。偽者坊主?」
「…………言ってろ。クソ野郎が」
「っんだとぉ!!!」
すかした顔で言い放たれた暴言に、“ブルー”はいよいよ顔をゆがめた。
「かかってこい。俺達を名乗るからには、それなりに楽しませてくれるんだろう?」
端麗な顔に浮かぶ余裕の笑みと、馬鹿にしたような笑い。
剣士の男は、益々憤怒を溜め込んでいく。
「落ち着くのだ。勝つのは我々、だ」
昨日と同じく“ルージュ”にたしなめられ、“ブルー”は舌打ちをした。
「覚悟しろ、小僧共が……」
「覚悟が出来てなければここには来ない。そっちも同じだろう?」
「っち、いけすかねぇな」
「好きに言ってろ。ルージュ……!!」
兄の言葉にルージュは浮遊の術フライを発動し、宙に身を漂わす。

「行くぞ!!」
「もっちろん! 白銀の双頭の実力、見せてあげるよ!!」

「なめやがって……ガキが、黙ってやがれ!」
「行くからには本気でやるぞ……」



――激戦の幕は、切って落とされた……!
 
 
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