『 WILLFUL 〜戦う者達T ≪武術大会≫〜

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  WILLFUL 7−8  


火蓋を切ったのは、自らの獲物を抜きさった“ブルー”だった。
「クソガキはさっさとお寝んねしちまえ!!」
腰に挿していた長剣を振り上げながら、一気に距離を詰めて行く。
剣を抜きもせずブルーは一歩引き下がり、逆にルージュが前に出て、両手を突き出す。
「ウォール!!」

――ギィッ……

「……っな!?」
声と同時に一瞬にして透明な障壁が現れ、刃の進行を妨げる。
「ブルー!」
呼び声に目を見開き、“ブルー”の横を抜けると同時に剣を抜き、背後に足を着けた。
気配に攻撃の手を引き、振り返り様に刃と刃が音を立てる。
「へっ……随分早ぇじゃねーかよ……」
「誉め言葉として受け取っておこう」
感情の断片すら感じないほどの低い声。
敵を射抜く氷の刃の、蒼い瞳。
全力で力をぶつけているのに、相手の腕は微動だにしていない。
自分の手は真っ赤になっているであろうほど、熱く力を込めているのに。
「……っち。分が悪ぃな……おい!! 早くしろ!!」
荒々しく叫ぶと同時に“ブルー”は渾身の力で剣を押しのけ、その場を離れた。
「逃げるか……!!」
「危ない!!!」

――ゴッ!

横からルージュに押し倒され、轟音と共に視界の端に炎が上がった。
「……っ!!」
「怒る気持ちは分かるよ」 
目を細め、反撃に出ようとした手をつかまれる。
対極の色彩が、自分を見据えていた。
「でもブルーは僕と逆だからね、怒ると冷静じゃいられなくなる。それは不味くない?」
「………………………」
弟に諭され、気恥ずかしそうに視線だけを反らす。
その間にも“ルージュ”の術が繰り出されウォールの防御壁に当たり、四散してゆく。
「勝とう、兄さん?」
「……やめろ。その呼び方」
「恥ずかしい?」
「…………………………」
ルージュの拳で頭を軽く小突き、剣を握り直し立ち上がる。
「真面目に、でも楽しく行こうよ」
笑顔で言う弟に、ブルーは顔をそむけ気付かれないように目を細めた。
「…………お前の様にはいかない……」
「それでいいの」
そんな態度にも笑顔を浮かべ、背中を押すように続ける。
「僕はブルーを援護するから、やりたいように動いて」
「……………わかった。頼りにしているぞ」
小さく頷き肩を叩いて、前に歩み出る兄。
その表情に暗さも、怒りさえも無かった。
触れられた肩に手を乗せ、嬉しそうに頷いて、ルージュは魔力を手に集めて行く。
「もちろん……任せてよ!!」
頼もしい声を背に受け、ブルーはふと笑み、瞳を閉じた。
息を大きく吸い込み、肩の力を抜くように少しずつそれを吐き出す。
「雑談は終ったか?」
「……少し、待ってもらいたい」
目を見開き、ブルーは小さく告げて観客席の上部を眺めた。
そこに探していた人物を見つけ、剣先を下に向ける。
視線の先の――新緑の髪の王女はそれを見て、小さく頷いた。
騎士は忠誠を誓うとき、相手を目の前にし剣の先を空に掲げるのが仕来りとなっている。
それは護るべき者のために戦う事を意味し、それを表す表現だからだ。
忠誠を誓う際の行動は昔から有名だが、それと対極に位置する“剣を下げる”行為はあまり知られていない。
その原因は、行動の意味にある。
誓った忠誠を永遠に、または一時的に“断ち切る”という意味になるからである。
良くない印象のそれは、騎士でも知っている者はまばらでしかない。
騎士となったブルーも、そして守られるシランもその意味を知っていた。
“剣を下げる”ということは、一時的であるが“自らのために戦う”という事を意味しているのだ。
もちろん、そんな行為をしなくてもシランはこの戦いを咎める気など無い。
自ら勧めたこともあるのだから。
だが、ブルーがあえて剣を下げたという意味を汲み取った。
「がんばれ……」
小さく呟いた声に答えるかのように、ブルーは頭を下げる。
それに合わせて、ルージュも横で同じ動作をしていた。
「では、良いか?」
言葉に顔を見合わせ、双子は改めて“ブルー”と“ルージュ”と対峙した。
「時間を取らせてすまなかった」
腰に差してあった鞘を抜き、剣を収めて右手で握りしめ、少し足を開き構えるブルー。
「それでは、仕切り直しと行こう」

言い終わると同時に、銀の髪がゆったりと流れ――

瞬間、視界から消えた。
「……っ!?」
戸惑いに、“ブルー”の身体が硬直する。

――ギンッ!

次に感じたのは、手に残る痺れと痛みと、剣が空に弾かれる音。

――あの距離でっ!?

離れていたワケではない。
だが、少なくとも一息でつめれるような距離では無かったはずだ。
「居合抜き……ちくしょう!!」
あっさりそれをやってのける相手だ。
性質が悪い。
背後に僅かな気配を感じてとっさに前に転がり出る。
とたん、空気を切る音が耳に入った。
「後ろかよ!」
だがそれを避けた先にもまだ気配はあった。
「フローズンヴァリー!!」
視線の先にいたのは、地面に手をつき、術を発動しているルージュ。
青白い光が輝き、触れている場所から一瞬にして氷が地面を覆い始める。
「やっべ……っ!!」
氷に捕らわれぬよう逃げようとして振り返り、驚愕した。
剣を振り上げ、自分に迫るブルーの姿がそこにあった。

――早ぇ……早すぎる……!!

ブルーの動きといい、それに対するルージュのカバー。
並外れた戦闘能力と息のあったコンビネーションは、互いを生かすに十分過ぎた。
身動きが取れなくなった“ブルー”を見据え、刃を向ける。
「これで終ら……っ……」
「ウッドフレイヤー!」
だがトドメはさらに背後から聞こえた術で防がれた。
空まで伸び、うめきを上げた草の葉が、地面のブルー目掛けて降下を始める。
すかさず横に飛び、第一撃を避け、さらに襲い来る植物を切り伏せる。
「避けきれるかね?」
草の攻撃を避けて行くブルーを見据え、“ルージュ”はさらに魔力を込めた。
それに合わせて植物達の動きが増して行く。
「……っち。多いな」
洩らした瞬間に、一つの蔦に足を取られた。

引かれる力に身体のバランスを崩した瞬間――

「ナノドライブ!!」

――ゴウッン!!

足を捕えた蔦も、背後から迫り来ていた葉たちも一瞬にして燃え上がり、灰と化す。
黒ずんだ薄っぺらい炭が風で流れ、青い空に散ってゆく。
“ブルー”は、植物達の相手をしている間に剣をその手に掴んでいたのだろう。
こちらを見て、険しそうに眉間にシワを寄せ、身構えている。
「狙われているな、“ブルー”?」
側に来た“ルージュ”が、せせら笑うように小さく声をかけて来る。
「うっせーよ。アイツら、ハンパねぇぜ?」
頬の冷や汗を拭い、“ブルー”は「けっ」とそっぽを向いた。
「そうだろう? 何せ“本物の”白銀の双頭だからな」
「くっそ……安すぎる仕事だ」
「何、実力に見合うモノは出す」
「それ、ウソじゃねぇだろうな。これじゃ前金と見合わないぜ?」
「あぁ、信じろ。というわけだから、もう一頑張りしてはくれないか?」
「あぁ!? 俺に死ねってか!?」
「安心せい。死なぬようにするために、死ぬ気で身体を張ってくれ」
あっさりと、そして爽やかに言い切る“ルージュ”に“ブルー”は落胆し、肩を落とす。
「……やっぱり安すぎる仕事だぜ……」
ぼそぼそ何かを話している二人を見つめ、ルージュが声を張り上げた。
「ねぇー、おじさんたちー!!」
「おじさんじゃねぇよ!!! あんだよ、ガキ!!」
さらっと言われた言葉に“ブルー”がものすごい勢いで反論を返す。
それに苦笑いしつつ、ルージュは続けた。
「あのさ。一つだけ、聞きたいんだけどね」
開口ルージュは言い、構える素振りもなく続けた。
「どうして偽者なんて名乗ろうと思ったわけ? この大会は王族も見に来るってのは常識なはずだし……本物だと思われて、それでこれからどうするつもりだったの?」
ブルーも剣を下げ、その返答を待った。
それにまた頭を掻いて、“ブルー”はめんどくさそうに後ろに目を配った。
「で、どーすんだよおじさん。ここまではっきり言われてよ?」
「ふむ、どうするつもりも無いがな」
ローブの袖を払い、ゆっくりと顎を撫でながら、
「私はハナから優勝するつもりは無かったさ」
ゆっくりと、しかしはっきりと言う“ルージュ”に二人は胡散臭そうな視線を浴びせた。
「それ、どういう意味? 名を上げたいとか、そういうことじゃないの?」
「優勝せずに何を目的とするんだ?」
「まぁいいでは無いか。今は全力をぶつける事に専念せよ、若人。では参ろうか」
そう終らせ、“ルージュ”は術を唱え始める。
口で術を紡ぎ、右手で虚空に光の印を刻んでゆく。
「……口頭呪文に印……大きいのが来るね。気を付けて」
分かり易い警告に剣を構え、止めようとブルーが走り出す。
だが踏み込もうとした眼前に“ブルー”が立ちはだかった。
「悪ぃが、死にたくないんでここは通さないぜ?」
振り下ろされる剣を避け、身体を反転させて立ち上がる。
「……では、殺す気で行こう……!!」

――ギンッ!

振り下ろされた刃と振り上げられた刃がぶつかり合い、甲高い音が響く。

――やっぱり、分が悪ぃな……

鞘を右手で持ったまま、ブルーは残りの片手で自分と同等に戦っている。
実力の差は、明らかだ。

――あ? 待てよ……

「オイ、お前……」
「なんだ?」
「……どういうことだ、てめぇ。最初は右だったよなぁ……」
にらみ合いの状況下で、“ブルー”は剣を握るブルーの手を見つめた。
剣を支える“左手”を。
「……右利きじゃねーのか?」
「誰も右が利き手だとは言っていない」
嫌に冷静に告げられた言葉に、“ブルー”は言葉を失った。
「まっじかよ……」
昨日からの姿を見ていれば、普段から右手で生活を行なっているように見える。
通常の戦闘でさえバカにならないほど強いのに、それでさえ利き手ではないのだ。
「……ってことは本気出してるって思っていいんだな」
「本気で“相手を殺す”事を考えていたら、もう終ってはいるがな」
「言うねぇ、ガキ……」
頬に感じる冷や汗を苦笑いで誤魔化し、“ブルー”は両腕に力を込めた。
長引くと感じ、ブルーは自分の援護に入ろうとしていたルージュに目を向けた。

――術を止めろ。

無言の合図にルージュが印を切り、その場から姿を消し、
「何っ!?」
“ブルー”の驚愕の声が発せられた瞬間には、すでに“ルージュ”の背後に移動していた。
そのまま魔力を集め、呪文を唱え術を発動させる。
「プラスティックレイザー!」
周りに現れた複数の光が輝きを増し、発せられた声と同時に光弾が“ルージュ”に向かって撃ちだされた。
だが背後からのそれに答えたのは、再び床石やエリアの側面から伸びる植物達だった。
あるいは光弾と相殺し、残った意志ある植物はルージュ目掛けて蔦を振るい上げる。
「まだウッドフレイヤーが生きてたんだ……」
小さく呟き、“ゲート”で再び移動し、にらみ合う兄と偽者の間に術を打ち込み、間を空けて、側に舞い降りた。
目標物を失った植物達は、“ルージュ”の周りで攻撃を待つように揺れている。
「術を解いてなかったのか……」
「そうみたい。ごめん、計算外だった」
「構いはしない。だが……」
“ブルー”を睨みつつ剣を構え、ブルーは身体で感じる魔力に少し驚いた。
「でかいな。だが攻撃呪文じゃない……一体なんだ?」
「なんだろう……興味はあるけどね」
嫌に楽しそうに言う弟にため息を吐いた。
しかしそれは、少しだけワクワクしている自分に対しても含まれていたのだが。

――楽しい、か……

“戦う”という行為を楽しいとは純粋に思わない。
嫌いと言う訳ではないのだが、意味も無く戦うと言う事は好きではない。
自分の願いのため、護るために戦う事は誇りだ。
そうでなければ忠誠も誓わないし、この身も投げ出す事も無いだろう。
そういった部分を省き、今は純粋に、実力を発揮するということが楽しい。
自分の持てる力をどこまで扱えるか、どのように揮うか。
不思議と、笑みではないが口がほころんでいる。

「……完成したみたいだよ」

ポツリと耳に入った言葉に身を引き締め、“ルージュ”に目を向けた。
虚空に描かれた光の陣が、陽光さえ掻き消してしまいそうなほど強く輝きだす。
「若人よ、ご存知かね?」
光る魔法陣の向こう側。
「永い年月の間に生まれた、伝説とされる術や力を……」
表情は読めないが、どこか余裕を含んだ声色。
「その中に“召喚術”というのがあるのは……無論、知っているな?」
お伽話にさえ使われる、その力。
異世界に住むと言われる神獣たちを使役する幻の術。
神獣の力はあまりに強大で、人間では手におえないとされているが。
「……それがどうかしたの?」
陣の眩しさに目を細めながら、ルージュは腰に手を当てて続きを促した。
「私はそれを、復活させたのだよ」
想像のついた言葉に、ため息が出た。
「そんな言葉、何人のペテン師が吐いてきたと思ってるの?」
「ペテン……か。そう思いたければ思うがいい」
「自分は違う、とでも?」
挑発するような態度に、それでも“ルージュ”は冷静だった。
「では、その目に焼き付けてみよ……」
力強い言霊に、魔法陣の輝きが一層増してゆく。
あまりの光に観客席の人々さえ、引き込まれていた。
驚愕の歓声も上げれなかったのだ。

「異界に住まう神に等しき者! 世界の根元、神聖なる破邪……」

唱えられる言葉に、誰もが息を飲み込んだ。

その相手と対峙するブルーとルージュと、そして特別席から見守るシラン達以外が――


「来たれ!! 白き竜帝・ユグドラシルよ!!!」


空気が震え、悲鳴を上げる。
魔法陣から放たれた雷鳴が辺りに走り、悲鳴が観客を包み始める。

「これが……?」

ルージュの呟きは、怒涛の風の声に掻き消された。


――……グゥォオオォォオッ!!!


地を走り、身体を押し流すような突風と共に、空を裂かんばかりの咆哮が響く。
手で、風から目を護りつつルージュは方陣を見た。
光る陣から白く、鋭い爪がゆっくりと現れ、伸びてくる。
輝く鱗が光を反射し、ますます清浄さを増した。
露になったその表情は力強く、紫紺の瞳がうっすらと細まった。
再び咆哮を発したそれは、二枚の対の翼を広げ、その姿をはっきりと現した。
白い純白の鱗に鋭利な爪、たくましい肉付きに、それでいて神聖な強さを持った瞳。
まさに“白き竜帝”の、そのままの姿だった。
神々しさに会場が静まり返り、やがて感嘆と驚きの声が小さく上がる。

「見たか。これが神を使役する力よ」

ゆっくりと微笑むように“ルージュ”がそう呟いた。
隣には“ブルー”がこちらを静かに見つめている。
「これはなかなか……」
横から聞こえた小さな独り言に、ブルーは目だけを動かした。
そこにはうっすらと、表情を緩めたルージュの姿。


「思った以上に面白いことをしてくれる」


今までにないぐらい笑みを浮かべて、ルージュは白い竜を見据えた。
 
 
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