『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜 』
WILLFUL 8−1
「ユグ、急いで!」
『御意…』
銀の髪が風が舞い、眼下をグレンベルトの城下町が流れて行く。
街の人々は、皆兵士に誘導され城に避難していく。
このまま、城下町が襲われないとは言い切れないからだろう。
「……セエレ、一体何を……」
その呟きは、頬を掠めて行く風の音に掻き消され、誰の耳にも届かなかった。
「くそっ……! なんだよ、コイツ等は!?」
剣を振りかざし、ライルは胴体を思いっきり横になぎ払った。
その瞬間、手に感じるのはまるで木のような、硬い感触。
少なくとも肉を切る感触ではない。
崩れ去る姿は、まさに木彫りの人形のようであった。
だが驚きはそれだけではない。
倒しても倒しても起き上がる、異常な光景。
それにグレンベルトの兵士は気圧され始めた。
何体かは崩れたまま起き上がらないが、ほとんどがすぐさま元の形を取り戻し、鋭い剣のように変化した腕を振りかざしてくる。
人間ではなかった事実、倒せない恐怖。
胴体を割ったはずの人形も、また同じように立ち上がる姿を見て、ライルは顔をしかめ、唇を噛んだ。
ただでさえ敵の数が多いのに、それが減ることはなく。
戸惑うまま戦う兵士達は、傷つき、または倒れ、徐々に後退していく。
「ちくしょう……なんなんだよ……!!」
剣を構え、だがじりじり後ずさりながらライルは叫んだ。
負けてはいけないと叱咤する感情と、ダメだと警告する感情が入り混じり、汗が頬を流れていく。
腕は震え、剣さえ思うように動かせず。
「くそぉっ……くそー!!」
足がもつれ、地面に転がっても震えは止まらなかった。
手を離れた剣が虚しく陽光を反射している。
動かない体を狙い、人形が腕を振り上げ――
「ウォール!!」
――ギンッ!!
声と同時に、鉄が弾かれるような音。
ゆっくりと目を開くと、そこに見慣れた友人の姿があった。
「ライル……!!」
自分を心配そうに振り返る紅蓮の瞳。
銀色の髪が、太陽の光を受け眩しかった。
「……ル、ルージュ………」
力の抜けた呼び声に見知った笑顔を浮かべ、前を見据える。
おそらく呪文を唱えているのであろう、右腕が上がるのに合わせて、辺りに数十個の光が出現していく。
「プラスティックレイザー!」
――ガッ!!
光弾が辺りを走り、次々に人形の頭を打ち抜いてゆく。
頭に黒い穴が空いた人形は、糸が切れたように崩れ、二度と動かなかった。
「あ……復活、しない?」
「この敵はね、頭が弱点らしいんだよ。それ以外は攻撃しても意味が無い」
言葉に間にも呪文を唱え、次々と兵士の姿をした人形を打ち倒していく。
「ライル、怪我してるのかい?」
立ち上がらない自分を、振り返りはしないが心配そうな声。
「い……いや……違うけど……」
呆然とする自分に気付き、そして側に現れた人形を発見して、あわてて距離を取る。
「くっそ……グレンベルトの騎士道を甘く見るな!!!」
剣を拾い、人形の攻撃をかわして頭を叩き割る。
しばらくガタガタと音を立てていた人形は、やがてガチャンと地面に転がった。
荒くなった息を整え、自分の握り締めた剣を見つめる。
「グレンベルトを……国を守るんだ!!!」
強い気持ちを取り戻した友人に安心し、ルージュは空にいたユグドラシルを呼び寄せる。
黒く大きな翼が地面に影を作り、兵士達は空に舞う優雅な姿に目を見張った。
「ユグ、敵の最後尾に飛んで。あいつ等の背後から攻撃を仕掛けて、数を減らすんだ」
『承知した』
黒竜は悠然と身を躍らせ、一気に敵兵の影の果てに向かっていった。
チカっと光る輝きの後、僅かに地面が揺れ、敵の後方から白煙が上がるのが見える。
ユグドラシルの動きを確認し、ルージュは新たな神獣を呼び出した。
「四姉妹・蒼きメノウ! でもって白きフェアリム!!」
『お呼びですか?』
『は……はいっ!』
空中に姿を見せたのは、短い青い髪に白い肌と紺の着物を纏った女性に、ゆったりとウェーブのかかった髪を二つに分けた、白いワンピースを着ている少女の二人。
「メノウは前線に。フェアリムは兵士達の回復を!」
『かしこまりました』
『わ、わかりましたっ!!』
それぞれが指示を受けた通り、青い髪をした女性の神獣――メノウは兵士達のいる前線に移動する。
両手を優雅に躍らせると、その周りの空気が急激に下がり氷の刃が現れて、人形達を貫き、あるいは氷づけにしていく。
白いワンピースの少女――神獣フェアリムが両手を組み、祈るように瞳を閉じれば、傷をおった兵士達に淡い光が宿り、それを癒していく。
「なんと……」
「これは、凄い……」
華麗な姿に兵士は驚き、感銘し、そして勇ましさを取り戻していく。
「そうだ……俺達も戦うぞ!!」
「国を……グレンベルトを守るんだ!」
敵の数は知れないが、このまま気圧されてあっさり敗北するようなことはないだろう。
いきなりの襲撃で、兵士の数も決して優勢とは言えない。
なんとかブルー達が来るまで持ちこたえなければ。
剣を掲げ、進む姿に安堵の表情を浮かべ、ルージュ大きく息を吐いた。
その頬にはうっすらと汗が滲んでいて、心なしか顔色も良くない。
「やっぱり……三人、一気に呼ぶのはキツイかな……」
重力が増したように引きつる身体。
意識が、一瞬でも油断すれば引き剥がされそうになる。
目の前が霧のように霞がかるのを振り払い、前を見据える。
――主、気をつけよ。
耳の鼓膜を揺らし、ユグドラシルが静かに語りかけてきた。
低い声が、可笑しいほど心地よい。
――無理はなさるな。我でも事は足りる。
「それは…………」
――いくら魔力が強大であろうと、メノウとフェアリムも呼ぶとなれば、契約量を超えて力が取られる。それは承知であろう?
神獣を呼び出すには、契約が不可欠となる。
呪文も、印も必要としない契約。
だがそれは、神獣を呼び出す“代価”として魔力と精神力を酷く削る。
ルージュには一人ならば問題無い“代価”だが、二人・三人を呼ぶとなればその量は人間が術に使用する魔力をすさまじく凌駕する。
考えの無い無駄な使役は敗北を意味し、神獣が『愚か』と判断すれば契約は無効とされてしまうのだ。
「わかってる。でもね、ユグ……」
自傷気味な笑みを浮かべて、戦いが広がっている草原を見つめる。
「僕等には故郷がある。キミ達にも異界という世界があるのと同じように」
――主……。
「ここで戦ってる兵士たちは、皆グレンベルトが故郷なんだ。守るべき、大切な場所。それを失いたくないのは、誰も同じだよ」
魔力を炎に変え、一体の人形を焼き払う。
額に張り付く銀の髪を払い、再び術を唱える。
役に立ちたい。
強くなりたい。
そして――
「守りたいものがある。ならば、僕は力を貸す。そのための力だと思ってる。魔術も、キミ達を呼べる力も全部………」
少年よ。力を持って何を望む?
力?
そうだ。何者にも負けぬ“力”。
負け……ぬ? 強いの?
国も兵士も敵ではない力。
僕が、望めば?
そうだ。少年の望みは、何だ?
……………………僕は……
………申してみよ。
……役に立ちたい。おにーちゃんの……
兄の?
うん……役に立ちたい。だから……
「だから……僕に力を貸してくれないか?」
幼き思いをそのままに秘めた瞳。
使役ではなく、必要としてくれる者。
――やはり、主はよく似ておるな。
「え?」
――いや、気にしなくて良い。
「そう? わかった……」
気のせいか、ごまかすように笑って言うユグドラシルに、クスっと声を洩らす。
「それじゃあ、もう少し頼むよ?」
『主の望むがままに……』
命の言葉を受け、ユグドラシルは翼を大きく広げ、咆哮を上げた。
避難する人々を避け、別の通りを駆け抜ける。
ブルー達を先頭に、数多くの戦士がそこにいた。
「おい、クソガキ!」
けっこうな速さで走っているつもりだが。
ブルーの足について来ている“ブルー”が、声をかけてきた。
「なんだ、偽者」
振り返る素振りもなく、手短な返答。
息も切らしていないその様子に、逆に軽く呼吸が荒くなっている自分に舌打ちをし、
「偽者じゃ…ねーよ。スヴォードって名前…があんだよ、ちゃんと…な」
「……それはすまなかった」
詫びの言葉に目を少し見開き、だがすぐさま首を振り、続けた。
「じゃあよ…ブルー。聞きて…んだが、神獣は本物なの…か?」
「本物だろうな。さっきも言ったが、子どもの頃から呼べていた。だが、契約したのは俺ではない。あくまでルージュだからな」
「つまり、若人は呼べぬということか?」
「そういうことになる。あいつ等には良くはしてもらってるがな。で……」
フと振り返り、“ルージュ”を一瞥する。
その意味に気付き、クスリと笑んで、
「私はシャグナと申す。旅の魔術師だ」
「随分実力がお有りのようだな。あのような幻法を操るとは……」
「年の功か、旅のお陰か。研究は嫌いでは無くてな。あの術は、幻法を研究していて生み出した幻影の術だ。それ以外にも、術のストックはあるがな」
「そうか。これからしばらくの間、よろしく頼む」
開け放たれた城門を確認し、ブルーはツイと目を細めた。
身体を覆う嫌な気配が、いっそう強みを増して感じる。
「行くぞ……!!」
目を細め、気配に立ち向かうように。
ブルーは剣を抜き、戦場に身を進めた。
その先に、強大な力を持った白い法衣の青年を見据えて――
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