『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

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  WILLFUL 8−2  


突然の状況の変化に、街全体が混乱の極みにいた。
城に避難した人々は口々に不安を並べ、身体を寄せ合っていた。
「ケイル、無事ね?」
「あ……はい、大丈夫です」
「俺が担いでたんだ。潰されやしねーだろ」
辺りの雰囲気とは似つかず、気楽に言うアーガイルにメスティエーレは少しほっとしたように微笑んだ。
「それにしても……襲撃なんて何が起こってんだ?」
アーガイルの台詞にケイルが黙り込んだ。
自分の国が襲われるという現実に、ショックは想像以上に大きいだろう。
「……国王に聞いてみる必要はありますね。二人とも、一緒に行きましょう」
言うが早く、人を割るように進んでいくメスティエーレ。
オレンジの髪が、人々の波に消えようとしている。
「お、お師匠様! こんな状況で王様に面会なんてムリですよ!!」
「兵士に止められるぞ!?」
「大丈夫よ」
先で立ち止まり、ふと二人を振り返って笑みを浮かべる。
「二人には言ってないけど。私、国王と縁がある人間だから。邪魔する兵士をぶっ飛ばしても、混乱してたって言い訳で通ります」
嫌に嘘の無い言葉を言い放ち、「早く」と二人を急かし歩き出す。
事情を知らない二人は顔を見合わせ、置いて行かれないよう慌てて走り出した。





「大丈夫か、アッシュ?」
「おう、俺は大丈夫だ。リルナもいるしな」
その言葉に頷くリルナ。
「そうか……こんな現状だ。すまないが、私は指揮を取りに行く」
「当然だ、謝る必要がどこにあんだよ。気をつけてな?」
その言葉に力強い笑みで答え、王は部屋を後にする。
それを見送り、リルナは騒ぎもしないで黙り込む王女を心配そうに見つめた。
「姫……」
普段の明るさが微塵も見えないほど俯き、顔さえ上げようともしない。
戦いに行けない事が不満なのか、ブルー達の事が心配なのか。
思い当たる節が多く、リルナはどう声をかけていいか分からなかった。
「シラン。ちょっと……」
そんな様子を見かねたのか、ティミラは有無を言わさず細目の腕をひっぱり、アシュレイ達から距離を取った。
王の間は静かなのだろうが、城全体が騒然としているためそうは思えない程雑音が多く、この距離なら小声は聞こえないだろうとティミラは踏んだのだ。
「………お前、気付いてるんだろ?」
それでも顔を上げない姿に、ティミラは耳に口を近づけて、
「……セエレ」
全ての意味が集約されたこの単語に、シランは小さく頷き、やっと顔を上げた。
「実は昨日の夜、セエレと……」
「会ったのか……!?」
「違う。会ったんじゃなくて、何て言うのか……よく分からないんだけど……」
シラン自身もよく理解していないのか、困惑気味に続ける。
「でも、言ってた。“警告を無視した事を後悔しろ”って……」
「それって、イルヴォールの時の?」
「多分……きっとそう……」
不安げに言い、眉間にシワを寄せる。
「でも、どうしてこの襲撃と関係あるのか分からなくて。もっと……違う……」
「何かがあるって?」
戸惑いながら頷く。
言いたいことが上手くまとまらない。
予感だけが頭を過ぎ、でも原因が分からず。
セエレの目的も読めない今、どんな対処が出来るのだろうか。

「シラン……」

小さな呼び声に、思いつめた暗い顔をあげる。
心配そうな父親の、その瞳が自分を見ていた。

「俺達には、話せないか?」

金色の瞳が、大きく見開かれた。

「それは……その……」

どう答えていいのか。
視線が宙を漂い、定まらずにフラフラする。

――何を言う?

夜のセエレの言葉?
この襲撃との関係性?
何もかもが、憶測でしかない事。

それとも・……………


創造戦争の本の、最後のページ。


――言ってみようか? 言うべき時なんだろうか?

「あ……その……なんていうか……」

話してどうなる?
ただの偶然か、はたまた紙面が日にでも焼けたのだろうか。
本は古かった。
勘違いかもしれない。
思い込みだと言われるだろう。
偶然と、割り切られてしまうかもしれない。
なぜ気になるのか、自分でも分からないのに。

「……よく、分からない」

やっと搾り出した声も、枯れていた。
「わからない…………ごめんなさい……ごめ……なさい……」
顔を俯かせ、手をきつく握り締め、
「でも……嫌な予感がする。わからないけど、何か……」
言葉にすらならない“それ”。
歳より幼く見える娘は、必死にもがいているように見えた。



―― いつか、この子が戦う時が来るかもしれない。



シランが幼少の頃、まだ生きていたクリスが言った言葉。
その時はただただ驚けて見せて、笑ってしまったが。
最愛の妻は、苦しそうに微笑んでいた。

『どうか、この子の側にいてあげて……』

願い叶わなかったクリスのためにも、そして自分のためにも。

「わかった……」

いまだ地を見つめている娘に短く言い、側に歩み寄る。
小さめの肩に手をおき、顔を覗き込んだ。
「言えないなら構わんさ。俺はお前の父親だ。仮にも、な」
笑って言えば、妻に良く似た顔立ちが自分を見つめ返した。
「何があったって、ちゃーんとお前の側にいっからよ。だから、安心しろ……」
その身体を抱きしめ、頭を撫でる。
大きな身体に温められ、シランは大きく息を吐いた。
「ごめんなさい……」
「謝らんでいい」
力が込められ、強く抱き締められる。
暖かかい。
「………ありがとう」
小さな小さな言葉は、父親の耳にやっと届くほどの、かすかなものだった。





「イクス国王っ!!」
兵に指示を出し終え、一息ついた一瞬。
メスティエーレの声が雑音の間から聞こえた。
その方を向けば、オレンジ色の髪をした赤い法衣姿が見えた。
後ろには茶色の髪をした青年と、幼い少年がいた。
「メスティじゃないか……無事だったか」
「あんな騒動程度で死にはしません」
おどけて言ってみれば、イクスもホッとしたように笑んだ。
「彼等は?」
「こっちはアーガイル。私の下僕です」
「オイっ、エレ。そりゃねーだろ」
冗談よ、と軽く流す姿をジト目で見つつ、アーガイルはイクスに礼をした。
「初めまして、国王陛下。アーガイル=ロスディと言います」
「うむ、怪我も無くてよかった」
「ご心配ありがとうございます……」
「して、こちらの少年は……もしやライルの弟かな?」
「あ……は、はい!! 初めまして、国王様!!」
勢いよく礼をする姿に、まだ幼さを感じた。
「あの、僕はケイル=ヴァンリーブです! えっと、その……」
自分にとっては大きな存在である国王が目の前にいる。
その事実だけで、ケイルは頭が真っ白になっていた。
「緊張しなくても良い。兄同様、良い目をしているな」
「あ……ありがとうございます!!!」
ゆっくりと微笑を向けられ、顔を赤くして再び少年は頭を下げた。
「それよりイクス。これは一体どういう事態なの?」
一瞬だけ和んだ空気を崩し、メスティエーレは厳しい表情で問い掛けた。
「正直私も分からない。だが、民を守ることは最優先にせねばならない」
「はっきり言いますが、混乱のため兵士は実力を存分に出せない可能性が強いです。闘技場の戦士たちも駆けつけていますが、相手の事がまったくわからない以上、どうなるか…」
「それは承知の上だ。敵軍も何か様子がおかしいと聞く……」
「様子がおかしい?」
顔を曇らせたイクスを見つめ、メスティエーレは目を細めた。
「あぁ。倒しても復活するという事らしい」
「復活する?」
「死なない、という事なのですか?」
信じられないとメスティエーレとアーガイルは顔を見合わせた。
「そうらしい。挙句、人間でもないような事を言っていた」
「人間じゃない……モンスターとか?」
アーガイルの案に、メスティエーレが首を振った。
「モンスターに統一性があるとは考えられないわ。ほとんどが知性を持たないものです。たとえ知性を持っている輩がいたとしても、このような行動はありえない」
「……じゃあ、誰が襲撃を?」
「それが分かっていたら悩みなんてないでしょう?」
「そりゃそうだけど。人間じゃないっていうのがなぁ……」
「そうね……引っかかるし、気がかりよね」
ふぅと息を吐いて、メスティエーレは唇を噛んだ。
「………考えていても仕方がないわ。人間では無いなら、何らかの手でここを襲える可能性もあるでしょう」
「そうだな。警備は厳重にしてあるが、万が一は………」
襲われる可能性があり、そしてここで死傷者が出るやも知れない。
その現実に、イクスは顔を濁した。
「アッシュは? シランちゃん達もこちらでしょう?」
「あぁ、謁見の間にいる。ティミラ嬢も双頭に代わって警護で来ている」
「ティミラちゃんがいるのね? じゃあ戦力的には安心だわ」
メスティエーレの言葉にイクスは目を見開いた。
「彼女はそれほど強いのか?」
その言葉に、メスティエーレは「あぁ」っと手を鳴らす。
「そうよね、イクスは知らないんだものね。彼女は……」

「ご報告いたします……!!」

声を遮り聞こえたのは、兵士の緊迫したモノだった。
「どうしたっ!?」
息を切らす姿にイクスは事の大きさを予感した。
「城門前に、敵兵が出現しました……!!」
「なんだと?」
「城門前ですって……どういう事ですか!?」
大きく息を吸い込み、兵士は続けた。
「それが……赤い方陣のような物が現れ、その中から次々やつらが出てきて……今も数が増え続けています!!」
「方陣……?」
「魔術の類か?」
「……いいえ」
メスティエーレは眉間にシワを寄せて、首を振った。
「魔術で、魔法陣を介して何も無い場所から何かを呼び出したり、作り出す技術は無いわ。ルージュが使って見せた“召喚術”みたいなものでなければ……」
そこまで言い、ふと嫌な考えが頭をよぎった。
「敵は……本当に、人間ではないのかも知れないわ……」
イクスもその言葉に反論する気が起きず、顔をしかめた。
「エレ。とにかくその敵倒さねーと……城下町も、ここも危ねぇんだろ?」
肩をつかみ、城門の方を指さすアーガイル。
その目には闘技場にいた戦士たちと同じモノがあった。
「……そうね」
考えていても何も守れはしない。
白銀の双頭の兄の言葉が、頭で響いた。
「……戦える。ならば、守ってみせましょう! 行くわよ、アーガイル!!」
「おうよ!!」
「そうだわ……イクス」
ふと振り返り、メスティエーレは杖で謁見の間の扉を指し、笑みを浮かべた。
「助っ人、呼んでいいかしら? 彼女はブルーくんと対等に戦えるほどなのよ」





「なんだか騒がしくなりましたね……」
リルナの言葉にシランは目を細め、オレンジ色の服の裾を握り締めた。
「何も無ければ……」
「お邪魔するわ!!!」

――バガンッ!!

勢いよく大きな扉が開き、その先にいた女性が内部を見渡した。
「メスティ?」
見知った人物の姿に、リルナは瞬きを繰り返した。
だが、外の気配にすぐに顔が厳しいものになる。
「何かあったのですね?」
「城門前に敵が出たわ」
簡素な事実に、四人は息を飲んだ。
「これから始末しに行くの。数が多いみたい。悪いけど、助っ人お願い出来るかしら?」
視線をティミラに向け、その答えを待つ。

――シランの事を頼む。

そう言ったブルーの姿が浮かび、自然とシランに視線が泳いだ。
迷っている翡翠の瞳に、シランは笑顔で頷いた。
「頼めるか、美人ちゃん?」
「でも……」
「だいじょうぶだ。こっちには俺がいる。万が一があっても平気さ」
満面の笑みを浮かべ、アシュレイは大きく頷いた。
「……わかりました。オレも行きます!」
どの道城門が突破されては意味が無いのだ。
ティミラはガンを抜いて、駆け出す。
「リルナ。お前も行ってくれ」
「……良いのですか?」
「あぁ、街に被害出すわけにも行かねーだろ。行ってくれ」
少しの間、考える様に視線をそらし、だがすぐに目を見て小さく頷く。
綺麗な黄色の髪を翻し、リルナもティミラ達の跡を追っていった。
「城壁が突破されたわけじゃないようだが……一体どうやって……」
「………………………」

いきなり現れた敵。
イルヴォールでの戦いを思い出せば、不可能でない現実。
ティミラ達が駆け出した扉を見つめ、シランは何も言えずにいた。



――セエレ……



たった一つの可能性だけを、確信して――
 
 
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