『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

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  WILLFUL 8−11  


少しばかり荒く感じる呼吸を繰り返し、上下する胸。
傷ついた二人の息子の頬を撫で、リルナは苦笑を浮かべてそれぞれの胸に手をかざした。
「精霊よ、この子たちの傷を癒してちょうだい……」
呼びかけに答え、大気の中に満ちていた生命の息吹きが光に変わり、ブルーとルージュの身体を照らしていく。
顔や腕など、徐々に目に見える部分の傷が癒え始めたのを確認して、リルナはほっと安堵のため息を吐いた。
呼吸も大分安定してきたのを感じ、かざしていた手をゆっくりと離すと、光も自然と消えていった。
「リルナ。終わったか?」
一息ついたところに背後のドアが開き、アシュレイが顔をのぞかせた。
「この二人も問題ありません。ご安心を」
「そっか。良かった」
部屋に入り、眠り込む二人の顔を覗き込んで、ほっと一息をつく。
先ほど治療を頼んだシランとティミラも、命に別状は無い様子。
もっとも、ティミラの傷はとうに癒えきっていたのだが。
彼女の事情はアシュレイとリルナも知るところ。
だが戦闘で体力を消耗したのか、すぐに目覚める様子は無かった。
「どれぐらいで目が覚めそうだ?」
「そうですね。ルージュとティミラちゃんはニ、三日で目を覚ますでしょう」
「ルージュと美人ちゃん……は?」
「えぇ、“二人”はです」
あっさりと頷くリルナに、アシュレイは少し目を見張った。
「……娘と、ブルーは?」
当然の質問に、リルナは部屋のカーテンを閉めながら答える。
「ブルーと姫様は、怪我が重症と言う訳ではありません。一番怪我が酷かったのはルージュでしたからね」
「じゃあなぜ……?」
眠り込む二人の妨げにならないよう、部屋を出て、グレンベルト城の廊下を歩いていく。
双子の眠る部屋と、シラン達が眠る部屋は向かい合わせだ。
何かあれば、ここの従者たちが知らせてくれる手筈になっているので問題はないだろう。
「あの二人は、怪我というより精神的に衰弱していました。体力がかなり削られています」
「何か強い魔術でも使ったのか?」
怪我で傷ついた身体は、回復魔法を使えば目を覚ますまでの時間がかなり短縮される。
身体が眠り、傷を癒す時間を回復魔法で援助することが出来るからだ。
だが『魔術』などを使用し、体力を消耗したとなると話は別になる。
こういった部分は本人自身の“生命力”と言っても過言ではなく、魔法で回復することが出来ないのだ。
大人しく休ませ、本人の体力が戻るのを待つしかない。
「ブルーに関してはそう考えられますが……問題は姫様です」
穏やかな風が吹き込む大きな窓の前で立ち止まり、リルナはアシュレイを見上げた。
「ご自身のご息女。まさかお忘れではないでしょう?」
「……わぁってるよ」
苛立つわけでもなく、諦めた風でもなく。
答えの出ない質問を突きつけられたかのような、困惑の色が強い声。
「姫様は、強力な魔力を所持しながらそれを扱う事がまったく出来ない。魔術はおろか、魔力を必要としない精霊魔法すらも……」
「……だが、何らかの能力を放ったのは事実だ」
「なぜそう分かるのです?」
「なんとなく、感じたんだよ……」

あの時、娘の異変を教えてくれた感覚。
そして、微笑んでいた亡き妻の幻。



夢ではない、身体が感じたモノ――



「………リルナ、メスティは?」
「今、イクスと一緒にいるはずですが?」
「そうか、なら好都合だ」
何か意志を固めたかのような表情に、リルナは目を細めた。
「何をお考えですか?」
「……んー?」
そういって唇を吊り上げ、少年のように、けれど少し困ったように笑ったアシュレイ。
「出来れば、これからの行動が無意味になってくれればありがたいんだがな」
「……無意味?」
「俺の予想が外れてくれれば良いなって、そういうこった」
「………同感です」
リルナの意外な返答に、今度はアシュレイが目を細めた。
それを見上げ、リルナも苦笑して。
「エルフは“生ける精霊”と言われているんですよ? 精霊の声ぐらい、感じるのはわけありませんから」
ふと、窓の外に目を向け、陽光が輝く青空を見上げた。
どこまでも、どこまでも続きそうな青い空。

「……世界の均衡が、揺らぎかけている……」




















「申し訳ありません……油断しました」
大きな窓から差し込む光が照らす廊下。
石柱の影が並ぶ床を見つめながら、セエレは言葉を洩らした。
目の前を歩く人物は振り返らない。
「しかたあるまい。今回は我等の読みが甘かった。いくら人間の血が混じっているとしても、半分は我等と同じ。少しなめていた」
「半分は……同じ……」

どこかか憎々しげに呟き、セエレは拳を握り締めて――

「天空人とはその程度か?」

目の前から投げられた言葉に足を止め、落としていた視線を上げた。
「何の用件だ、王よ。我等はお前を呼んだ覚えは無いが?」
セエレと同様、足を止めた人物も声の方の人間に言葉を返す。
「グレンベルト侵攻を引き受けたと思えば……天空人はその程度かと言っているのだ」
「貴様っ……!! 口を慎め!!!」
「口を慎むのはそっちの方だろう? お前等を目覚め起こしたのは私だぞ?」
「な……んだとっ!?」
「止めよ、セエレ」
詰め寄りそうな勢いのセエレを手で封じる。
何故と声を荒げそうになるのを、視線で訴えるだけに留め、セエレは唇を噛んだ。
「王よ。確かに我等はお前のお陰で目覚めた。その点は評価すべき部分だ」
見下すような『王』を金色の瞳で見据え、言葉を続ける。
「だがな、我等はお前の“配下”ではない。下僕でもなく、奴隷でもない……」
研ぎ澄まされた金色が、ゆっくりと細められた。
「お前に協力しているのは、一時的な利害の一致。それが無ければ我等はこんな所には留まらぬ。良いか、心して聞け」

「……我等を縛れると思うているのか? 地上人風情で……」

「………ファーネル、貴様っ…!!」

声を荒げかけた『王』を後目に、そこから身を翻し、後ろに控えていたセエレを促してその場所を立ち去る。
「覚えておけ、貴様は所詮敵。利用しているに過ぎん」
立ち止まり、けれど振り返らずに
「死にたくなければ、我等に指図するのは止めておけ」
どこかあざ笑うかのようにそう締めくくり、セエレを連れたって廊下の奥に消えていった。
「………地上人風情だと? 誰が起こしてやったと思っている……」
吐き捨てられた言葉を噛み締め、『王』は顔を濁し、だがすぐに影のある笑みに変える。
「まぁ精々わめけば良い。最後に笑うのは私だ。貴様等なんぞ、駒に過ぎない」



「“イビルグス”さえ手に入れば……」



歪んだ笑みを浮かべ、『王』は城の奥深くへと身を翻した。















「……セエレ、今日は下がれ。身体を休めよ」
与えられた王城の一角。
振向かずに言われた言葉に、セエレは頭を垂れて一礼し、その部屋を後にした。
「……………」
セエレも居なくなった室内。
一人目を閉じて、思案した。
「……クリスの娘に、白銀の一族。そして聖魔王レヴィトの力を持つ者……」

同じだ。
昔の、あの時と同じ存在。
あげくにあの双子は、『白銀の女』の能力をそれぞれ一つずつ所有している。
その力は、おそらくは『女』以上。

「……だが、まだ未熟だな」
クリスの娘も、あの双子も、レヴィトさえも自在に力を操れていない。
事態は、一刻の猶予もないのだ。





「……我に辿り着け」



――さもなくば、世界が滅びるぞ。





 
 
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