『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

Back | Next | Novel Top

  WILLFUL 8−3  


肩に暖かい手が触れた。
「あなたはここでイクスと待っていなさい」
笑みを浮かべ、アーガイル達を連れて駆け出すメスティエーレ。
そんな師の背を見つめて、ケイルは小さく頷く事しか出来なかった。

自分はまだ子どもで。
戦う事すら侭ならず。
援護する事も出来ない。
ついて行っても、ただの足手まとい。

分かっていても、拭いきれない歯痒さ。
自分は、師や憧れの人のような力を持てるだろうか。
夢が、現実に押し流されそうになる。
「お師匠さま……皆さん、どうか無事で……」
両手を合わせ、握り締めてケイルは呟いた。

皆が無事に戻りますように。
母国が、何事も無い平和に戻りますように。















「いたわ!!」
城門を指さし、メスティエーレ達は全力で底を目指した。
大きな扉を抜け、戦場と化したその場を目にし、メスティエーレは息を飲んだ。

「……こ、これは……?」

目の前の現実は、想像していたものより異形で、考えを一線越えていた。
木ような人の形をした物がうごめき、兵士達と混戦していた。
腕の先が剣のように変化し、感情も無く動いている。
しかし、驚くべきはそこではなかった。
一人の兵士の剣が人形の胴体を切り離し、地に転がす。
だが、数秒後にはそれらがうごめき、元の姿に戻る。
そしてそんな人形が、宙に描かれた方陣から無尽蔵に出現してくる。
「なんですか、この敵は……」
リルナは唇をかみ締め、目を細めた。
アーガイルも剣の柄を握ったまま、周りの状態を見て眉間にシワを寄せる。

「……ぁのヤロ……」

小さく、けれどいつもより低い声で。
横から聞こえた言葉にメスティエーレは視線だけを動かし、身を硬直させた。
翡翠の瞳が鋭利な氷のように、冷たく鋭くなっている。
身体から溢れる剥き出しの殺気は、それだけで身体が震えてくる。
怒りを露にしたその表情は、普段からは想像も付かないモノがあった。
「ティミラ……ちゃん……」
やっと絞り出した声も聞こえていないのか。
人形達を睨み、次には敵の中に駆け出していた。
「ティミラちゃん!!!」
リルナの声にはっとし、メスティエーレも急ぎ呪文を唱える。
「アーガイル、行って!!」
「おうよっ!」
走り出すアーガイルに、剣の腕を振り上げる人形に狙いを定め、魔力を解き放つ。
「ディープフリーズ!」
凍てつく刃が、数体の人形を貫き、四肢をバラバラにする。
音を立てて地面に転がる腕や、足の先。
だが、さっき見たのと同じように、何事も無いかのように人形は元の姿を取り戻す。
異様な光景に、メスティエーレは一瞬躊躇した。
その隙を逃さず、一体の人形が剣を振り上げる。
振り下ろされるそれを杖で受け止めるが、思った以上の力に膝をついた。
「……っく…」

――ゴガッ!

轟音と共に、白い光に頭を打ち抜かれ、人形が力を失い崩れていく。
剣を受け止めていた杖が人形を押しのける。
「頭が弱点だよ、コイツ等は」
短くそれだけを告げ、すぐさまティミラは敵に視線を戻す。
彼女の手にした黒い物体から放たれる光が、容易に人形を打ち倒していく。
不可思議なそれに目を見張るが、見つめ続ける余裕は無かった。
影が視線を走る。
見上げれば人形が腕を振り上げていた。
「炎よ!!」
リルナの声が聞こえると同時に、目の前の人形が一瞬にして灰に変わる。
「何をしているのかしら?」
綺麗な水色の瞳が、不敵な笑みで自分を写している。
「“炎術師”が聞いて呆れますね。その程度で、人の命は守れませんよ?」
最後の一言に、鼓動が早まるのを感じた。
ここが突破されると言う事は、城が落ちると言う事。
この国に、死が広がる。

自ら駆け出してきたのに、この様はなんだ?

「そうよね……」
人形が腕を振り上げるのが視界に入った。
「こんな玩具。盗賊に比べればワケないわ……」
意識を集中し、手に魔力を集約していく。
「人間じゃないんだから、遠慮なんてしなくていいのよね」
ゆっくり立ち上がり、無機質な敵を見据える。
「炎術師の実力、見せてあげましょう」
急ぎ呪文を唱え、魔力を炎に変える。
「燃え尽きなさい!! イグニスローズ!」

――ゴゥンッ!

力の込められた声に答え、紅蓮の烈火が人形数体を炎上させた。
灰となり、風に流れて行く姿の向こうから、何体もが足を進めてくる。
「……相手にとって、不足は無いわね」
「元気が出たのはいいのですが、余裕ぶっこかないでください」
横から野次を入れるリルナを見据え、メスティエーレは目を細めた。
「なぁに言ってるの。心の余裕が無ければ、混乱して自滅がオチよ」
「余裕だらけで相手を舐めてはいけない、と言っているのです」
はぁとため息を吐き、リルナは小さく小言を洩らす。

「これだから人間…」
「これだから人間は嫌なのよって?」

言いかけた言葉をそっくり返され、リルナは開きかけた口から再びため息を吐いた。
「……雷よ、在れ!」
空気の間を駆け抜ける光が、人形の頭を砕く。
「これだから人間は、つき合い出すと面白いのよ」
ふっと笑みを浮かべて、リルナは金の髪を手で払った。
「それはそれは。とても光栄だわ」
杖を構えなおし、メスティエーレもそれに答え、笑顔を浮かべた。




















城門を抜けた先は、想像以上の壮絶な光景だった。
数多く蠢く鎧を着た人形達と、それに対峙する兵士。
「な……なんだ、こいつ等は……」
目の前の光景に一瞬息を飲む戦士たち。
だが、その戸惑いを吹き飛ばすように、朗々とした声があたりに響いた。

「……加勢する!!!」

短く、だが力強い言霊。
抜いた剣を握り締め、ブルーは前線まで一気に駆け出した。
それに続き、闘技場の戦士たちも掛け声を上げ、武器を手に戦場に走り出す。
「おらよぉっ!!」
“ブルー”――もとい、スヴォードの剣が人形の腕を砕き、胴を貫く。
崩れ落ちる姿に「へっ」と笑い、側で足を押さえるグレンベルト兵に近づいた。
「おい、おっさん。大丈夫かよ」
深手を負ったのか、足は赤く染まっている。
「うわっ。ひでーな、こりゃ……」
傷の様子を見ようと手を近づけた瞬間、白い光がその兵士の傷を包んだ。
「……ぁんだ?」
淡い輝きが消えたあと、血は残っていたものの、傷が綺麗に無くなっている。
「魔法……? にしちゃあ、俺が知ってるのとは違……うな……」
言いながら、自分の頭上を動く影に気がついた。
ふと見上げた先には、白く服を身に纏った少女がいた。
それも、まるで羽があるかのように空に浮かんでいる、少女。
「なんだ……一体……」

――ガガガッン!!!

呆然と空を見上げていた横に、氷の刃が次々と突き刺さり、群がってきていた人形を粉々に打ち砕いた。
「あっぶねー!! なんだよ、一体こりゃ!?」
「彼だ……」
足が完治した兵士が立ち上がり、静かに前線を指差した。
そこにいたのは銀の髪を戦地で輝かせる、青い法衣を着た青年がいた。
側には先ほど自分と同じく加勢した彼の兄の姿。
「彼が、彼女等を呼んでくれたのだ」
「あいつ……ルージュが?」
「あぁ。俄かには信じがたいが、どうやら“召喚”の力。あながちウソでもないようだ」
「……………マジかよ」
ブルーから話は聞いた。
自分の目でも見た。
噂でしか聞いた事のない、伝説の“召喚”の力。
それが今、現実に目の前に存在し、力となっている。
「……敵にまわったら恐ぇけど、味方なら百人力だなぁ……」
「そうだ。だからこそ、我等はここを守り抜かねばならぬ……!!」
剣を杖代わりに立ち上がり、兵士は静かに剣を構えた。
「加勢、心より感謝するぞ」
嬉しい言葉に、スヴォードはニッと笑みを浮かべた。
「暴れんのはひさしぶりだ。存分に行かせてもらうぜ!!」
「ありがたい。聞けばあの敵は頭部が弱点らしい。それ以外では復活するから気を付けてくれ」
「なっんだそりゃ? 人間でも魔物でもないってか?」
「……そうかもしれぬな」
険しい表情をする兵士にスヴォードも眉を潜め、大きく息を吐いた。
「んだが。ま、敵に変わりは無い……行くぜ!!」
剣を構え、蠢く敵を見据えて駆け出す。

戦う理由はただ一つ。

護りたい。





「遅くなったな」
人形の頭を貫き、ブルーはルージュを見やった。
「うん、だいじょうぶ…………」
額にうっすらと汗が浮かんでいるのは、見間違いではないだろう。
荒く呼吸を繰り返すその姿を見れば、疲労の度合いは一目瞭然だ。
自身は召喚の力も無く、魔力も弟に比べれば歴然とした差がある。
以前紹介されたことのある二人の女性の神獣に、今だ戦場の奥に翼を広げている竜帝。
彼等を招くのに、どれほどの力を必要とするのか想像が付かない。
「下がれ」
ぶっきらぼうに言葉短く、だが身を案じる言葉にルージュは少し笑みを浮かべた。
「そう言うわけにも、行かないよ……イルヴォールと同じで、敵は限りが無い」
「お前に倒れられてもたまらん」
「ブルー……」
明らかに自分の負担を軽くするよう、敵を引き付け、切り伏せる兄を見つめる。

――僕は……

「ブルー……大きいの、いく」
「……………わかった。援護する」
言わんとすること察し、ブルーはルージュの側で身構え、剣を振るう。
細められた紺碧の瞳が、蠢く敵を射抜くように暗く輝いた。
「行くぞ……」
呼吸を整え、瞳を閉じ、精神を沈め。
体に流れる魔力を引き出し、身の回りで波打つ魔力を引き寄せる。

――眠り満ち、地は巡る。目覚めよ、強き息吹き達……

指先で描く印と紡がれる呪文に呼応し、魔力が微風となって広がっていく。
ブルーは流れの変わる力を背に感じながら、次々と人形を地に伏せる。
大きな呪文を唱えるのは困難だ。
知識が要るのはもとより、強大な魔力の制御を必要とされる。
それには集中出来るような状況を作り出すのも必然となる。
ルージュが術に専念していると言う事は、それだけに信頼されていると言う事。
期待を裏切るような真似も、傷つけるような真似もしない。

許されもしない。

「邪魔は……させない!!」
身に眠る魔力を呼び起こし、風に換える。
「トルネードクロス!!」
荒げた声と共に、魔力が解放され烈風が吹き荒れる。
双子を取り囲んでいた人形達が吹き飛び、あるいは切り刻まれ、消えていく。
「さぁ……ルージュ。見せてみろ」
轟音の中、確かに聞こえたその声。


  僕は……役に立ちたい。


――立ち上がれ……打ち倒すべき闇は、そこにある!!!


最後の呪文を一気に唱え終わると同時に地に手をつけ、魔力を解放する。
「カーディナルアース!!!」

――ゴ……ゴガガ……ッ

魔力により、仮の命を授けられた大地が地響きを起こし始める。
地割れが咆哮を上げ、人形達の間に走ってゆく。
「うぉっ……ってぇ!? な、なんなんだよ……!!」
急な地震にバランスを崩し、スヴォードは思いっきり尻餅を付き、顔をゆがめた。
触れた手のひらから伝わる振動は、まるで生きている鼓動のようで、怒りに震えてるようにも感じる。

「飲み込めっ……貫けぇえ!!!」

出せる限りの声を張り上げ、ルージュは命を下す。
次の瞬間、地面はその大きな口を裂かせ人形を吸い込み、あるいは突き上げ粉々に砕き、破片へと変えて行く。
轟音が鼓膜を揺らし、砂煙は視界を奪う。
だが、身体に感じる“力”は確かな強固さを持っていた。





「………お、終わった……のか?」
次第に静まって行く大地を踏みしめ、スヴォードは立ち上がった。
まだ地面が揺れているように感じるのは、気のせいなのか膝が笑っているからなのか。
足を叩き、まだ少し砂埃の舞う空気に、手をパタパタしながら咳き込む。
「無事か?」
「シャグナ……?」
背後から聞こえた声に、スヴォードは片方の眉を上げた。
「なんとか生きてる。死ぬかと思ったぜ」
「私もだ……」
ふと、穏やかな風が流れ、髪を揺らした。
共に砂煙も流れ、辺りの光景が鮮明になる。
「………居たぜ……」
その先にあったのは、無残に地に転がる人形達と、少し離れた先に見えた二つの影。
銀色の髪がゆっくりと揺れて輝いている。
確かにそこに、あの双子がいた。
あれだけハデな地系呪文を使ったというのに、地面は多少のゆがみを残しているだけだ。
それでもまだ鼻に残る土の匂いは、地が荒れた証拠なのだろう。
「信じられん……あれだけの呪文だと言うのに、ここまで地形を戻すとは……」
「……何がだよ」
崩れた土に手で触れ、シャグナは続けた。
「術と言うのは、大抵放ったら垂れ流しに近い。例えて炎の術だ。放った途中で消すなど出来ぬだろう? 同じように、魔力で扱った大地を戻すと言う事は、それなりの力量が無ければ出来ん。繊細な操作が可能、という証明だ」
「ほっぉ〜……」
あんな、自分達より明らかに少ない年数しか生きていない彼等が。
まだ「子ども」と呼べる年なのに。
現実味の沸かない感嘆を洩らし、スヴォードは頭を掻いた。
「天才……か」
「まさに。その表現が正しいかもしれぬ……」
疲労がピークに来ているのだろう。
ふらつくルージュに肩を貸すブルーが見えた。
「白銀の、双頭……」
シャグナはポツリと呟き、ふととある事を思い出し噴出した。
「リルナ殿が心配するほど、彼等はうぬぼれてはおらぬな」
「あぁ? 何言ってんだ?」
自分を見て、怪訝そうな顔をスヴォードに「なんでもない」と告げ、空を仰いだ。





「だいじょうぶか?」
「う……うん〜、なんとか……」
言葉で表現するなら「へろへろ」。
そんな状態になっている弟に肩を貸し、立ち上がる。
女性の神獣、メノウとフェアリムは術を解放した時点で掻き消えてしまった。
魔力の許容量を超えたと言う事だろう。
ルージュの疲労の度合いが、それをはっきりとさせている。
『主、兄上殿よ。無事か?』
唯一現存したユグドラシルが、その黒い翼で地面に影を作り、側に飛び込んできた。
「あぁ、ユグドラシル。敵の方はどうだ?」
『ほぼ全滅だ。残った輩も、人間達が倒している。心配する必要は無かろうて』
紫紺の瞳が地を眺め、穏やかに笑った。
『復活の様子も無い』
「………そうか」
短く答え、ブルーは辺りを見回した。
戦っている最中に、イルヴォールの街で見せ付けられた赤い方陣は目に見える場所には無かった。
とは言えあの状況から、どこかにそれがあったのは確実だと言える。

――だが。

「…………こんな安易に手を引くというのか?」

イルヴォールの街での様子を思い出し、ブルーは眉間にシワを寄せた。

「何か、あるのかもしれない……」

ルージュのかすれるような小さな声に頷く。

「しかし……一体何があると………」





   ――…ぅっぐ…あぁああっ!!!





頭をよぎったのは、前夜に屋上で苦悶の声を上げていた彼女の姿。





『あなたでしょ? あたしの事、ずっと見てた人……』
『……カンのいい人間だな。だが、所詮人間。これ以上関われるのは、邪魔だ』





「まさか……」





頭をよぎった不安に駆られ、ブルーは城壁に囲まれた草原の国の城を見つめた。
あそこに居るのはグレンベルト国王と、その住民。
自国の王アシュレイに母のリルナ、仲間のティミラ。


――そして金色の瞳をした、王女。


「まさか、アイツの狙いは…………」


 
 
Back | Next | Novel Top
Copyright (c) Chinatu:AP-ROOM All rights reserved.