『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

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  WILLFUL 8−4  


喧騒が響き渡る謁見の間。
だが、シランの頭の中はまったくの静寂だった。

『城門前に敵が出たわ』

普通ならありえないはずの事。
城壁の外で兵士が敵を食い止めているはずなのに。
「………………」
根拠も証拠も無い。
だが、確信だけは出来た。
前日の夜に感じた、あの違和感。
身体を駆け抜けた苦痛は無い。
それでも、胸の鼓動だけは確かに伝えている。

忘れる事など許さないと。
だが、邪魔もさせはしないと。

見えない糸が身体を縛るようだ。
振りほどけない、透明なそれ。

しかしそれは、必ず自分の求める何かに繋がっている。
否、自分の求める物自体が、彼なのではないだろうか。



「……………っ……」


『裏切者の娘よ』


「……!!」















「そうか……わかった、ご苦労」
「どうだ?」
兵士から続々送られてくる現状に、イクスはこめかみを押さえた。
「攻撃は相変わらずだ」
「終わらない……か」
「あぁ。しかし……」
表情を曇らせ、イクスは城の天井を仰いだ。
窓から差し込む光は、国の現状とは逆にとても暖かい。
「攻め込むにしても少々無計画過ぎる。人間でないのもおかしいが……」
「俺もだ。ただ混乱を起こしたいだけのようにも見える」
苛立ったように髪をかきあげ、アシュレイはため息を吐いた。
「……一体、何が目的なんだ?」

「何処に行かれるのですか!?」

悩みを吹っ飛ばした大声は、王の間にいた兵士のものだった。
「お待ちください!! 危険です、王の間へお戻りになってください!!!」
「どうした!!」
急ぎ駆け寄ると、兵士は困惑した表情で通路の奥を指さした。
「王女様が、急に王の間を飛び出してしまって……!!」
「なんだと!?」
指された先に見えたのは、新緑の髪を揺らして走る娘の姿。
こんな時に足が速いのは難だ。
「娘!! どこに行くんだ!?」
呼び声も虚しく、あっという間に曲がり角に消えてしまった。
「何考えているんだ……」















柄から伝わる感触が、人形を叩き割った事を教えてくれた。
もうこれで、一体何体になるのか。
「……こりゃかったりぃな……」
終わる事の無い戦闘に、アーガイルはため息を吐いて剣を握り直した。
以前、赤い方陣は存在し続けているし、人形も果てが無い。
「はぁ……」
「フレイムロアー」

――ボシュ。

一瞬にして、顔面の横をギリギリを炎が通過し、背後の人形を黒コゲにする。
高温の熱が通った頬が、少しだけヒリヒリした。
「あら、ごめんなさい。敵が背後に迫ってたから……」
ものすごい笑顔で言い放ったのはメスティエーレ。
「エ……エレ……今、わざと狙って……」
「あーらほらほら。横から敵が来てるわよ」
ひらひらと手で促されれば、なるほど。
背後に蠢く人形が、明らかに自分を標的にしているではないか。
「あーーったくよぉ!!!」
剣を横に払い、一気に二体を切り捨て体制を立て直す。
「どうにかして、あの赤い方陣消せないのか!?」
「無理だと思う」
魔術師のメスティエーレでもなく、リルナでもなく。
黒髪をなびかせ、ティミラは短く言った。
「アレ。なんか魔法じゃないっぽいし」
「……どうして分かるんだ?」
怪訝そうに見つめるアーガイルの視線も流し、ティミラは小さくため息を吐いて、
「…………ちょっとな」
とだけ言って、足で人形の首を蹴り上げる。
鈍い音が響いて、それがゴトンと地面に転がり落ちた。
「それにしても……」

――このままだと、本当に危ないかもな。

自分の体力は、自分で自信があるから良いとする。
だが、他の少数の兵士やアーガイル達はどうだろう。
実力があると知っているアーガイルやメスティエーレにしても、この奇特な戦いを続けるのは良い状況とは言えない。

――セエレの奴……!!!

ギリっと歯をかみ締め、赤い方陣を睨みつける。

と、一瞬その方陣に、電流のような光が走るのを目が捉え――

――バギンッ!!

なんだと考える暇も無く、瞬間に、まるで硝子が砕けるかのように四散し、消えて行く。
「なっ……!?」
あっという間の出来事に、ティミラは少し拍子抜けを自覚し、瞳を見開いた。
「おい……ティミラ、なんかしたのか?」
「オレが何したってーんだよ」
呆然と聞いてくるアーガイルに素っ気無く答える。

――オレの『力』でどうにか出来るなら、とっくの昔にやってるに決まってる。

そうだ、何もしていない。
魔術の知識も無ければ、敵の情報も分からないのにどんな対処が出来るだろうか。
戸惑いを感じながらも、残ったままの人形を倒し、ティミラは思案した。
「コレで、最後ですね」
リルナの指先から放たれた雷撃が、人形を炭に変えた。
「しかし……一体どういう事でしょう?」
それを横目で見届け、ティミラは思案をめぐらせた。
「リルナさんも、何もしてないよね?」
「えぇ、もちろん。出来るならどうにかしていますし……」
メスティエーレに視線を移せば、同じだと言わんばかりに肩を竦めて見せてくれた。
「オレ達は、何もしていない……」
小声で言うティミラに、アーガイルが剣を収めながら
「んなら敵が攻撃を止めたってことか? ラッキーだな」

――攻撃を止めた?

何気なく言った事だろう。
だが、ティミラが疑問を持つには十分な言葉だった。

こんな攻撃を仕掛けた奴が、早々に手を引くと?
そんな理由がどこにある?

セエレは、何を目的としているのか。



それが少しでも分かれば――





『実は昨日の夜、セエレと……』
『会ったのか……!?」
『違う。会ったんじゃなくて、何て言うのか……よく分からないんだけど……』





城の中で聞いたシランの言葉。
会ったのではない、と言っていたが何かしらの干渉が合ったのは確実だろう。
それが昨日の夜だというではないか。





“警告を無視した事を後悔しろ”





「おい……まさか………」





「ティミラちゃん?」
落ち着きを取り戻した城門に、喜ぶわけでもなく立ち尽くすその姿に、リルナは目を細めた。
その瞳は普段より見開かれ、動揺しているように見える。
「ティ………」
声をかけようとするのと同時に、ティミラは黒髪を翻し、一気に城へと駆け出して行く。
「ティミラちゃん!!!」
荒い声色に、アーガイルとメスティエーレも異常を察して後を追う。
石の床をけたたましく蹴り鳴らし、王の間へ続く扉を押し開く。



「王サマ!!!」

「美人ちゃん!?」
「よく無事で……!」
「それより………」
自分の安否も無視して、ティミラはそこに居て欲しいと望んでいた人物を探した。

だが――

「シランは……どこ行った?」
「それが………急に王の間を飛び出したとかで………」
困惑したように言うイクスを、信じられないという視線で見つめ、口を開く。
「どこに……どこ行ったんだ!!?」
「あ……あちらです……!!」
剣幕に気圧されてか、兵士の控えめな申告と、示された指先を見つめた。
「……あの通路?」
「あの先は、陛下の寝室と屋上に繋がっていますが…………あっ!!!」
静止の声も、聞く気も言わせる暇も与えずに走り出す。
「オイ美人ちゃん!!!」
「オレが行きます!! ブルーとルージュに……頼まれたんだ!!」
振り返ることもなく叫び、ティミラは言われた通路を全力で走り抜ける。

「くっそ……もっと早く気付け、てんだよ!! オレの馬鹿……やろっ!」




















青く広がる空は、下界の騒ぎなど思わせない、爽やかな色をしている。
白い鳥が翼を広げ、少し暖かい風が赤い髪を揺らした。
「………来たか」
空を見上げていた顔はそのままに、口だけを動かし背後の人物に認知している事を告げる。
「どういうつもり……?」
普段のそれより、幾分は低いだろう少女の声。
含まれるのは敵意と疑問の色。
振り返らずとも、表情など手に取るように分かる。
きっとその金色の瞳は、憎悪と疑問に染まった視線を向けている。

「何とか言ったら? セエレ……」

呼び声にゆっくりと静かに振り返るその姿。
だが、俯き気味なのと目元を隠す前髪が、詳しい表情を押し隠している。
夜に見た時は赤黒く見えた髪は、風に揺れてサラサラとなびいている。
それは炎のように、熱を伴うような紅蓮ではない。
細かく言えば、まるで華のように人を惹き付けるかのような、鮮やかな赤。
自分が思っている人格とは、似ても似つかない色だ。

「ご機嫌麗しゅう……」
「……こちらこそ。お久しぶりで」

嫌に丁寧な会釈をするセエレに、シランは姿勢も目線も変えずに言葉だけを返した。
「で、他に何か言う事は?」
「それは昨日、伝えたつもりだが?」
にやりとゆがめられた口元に、表情が曇るのが分かった。
「あたしが狙いなら……寝首でもかけばいいじゃない」
「寝首を……?」
意外だったのか、言葉を繰り返しクックッと笑う。
苛立ちより怪訝さが先に来る。
「確かにお前にも用はある。だが、それだけではない」
「グレンベルトを襲う事も、目的だったと……?」
「グレンベルトだけではない」
「…………え……?」
意味が分からないという風な色の声に、セエレは再び笑った。

「だから警告を無視するなと言ったのだ。傷つき、苦しみ悩む必要も無かった」

風が一層強く駆け抜け、シランは目を護るように片手を額に当てた。


「まぁどうせ、もう戻る気も無いのだろう」


細めた視線の先で、笑うセエレの姿が見て取れた。


「やはり裏切者は裏切者。お前といい白銀の者といい、邪魔なのだ」





「人間なぞ、滅びれば良い」


「……っ何を!!!」





声を荒げて叫び、青年を視界に捕えた瞬間――

金色の瞳が、これ以上無いほど大きく見開かれた。


「………ぁっ……」


風で弄ばれた赤い髪。
その間から見えたのは、紛れも無い彼の瞳。





驚愕に揺れる少女の瞳とは対照的に、青年の瞳は不敵な色を浮かべるそれ。





――自分と同じ、金色の瞳がそこにあった。


 
 
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