『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜 』
WILLFUL 8−5
「ブルー?」
城を見つめたまま動かなくなった兄に、ルージュは首を傾げる。
だが何か思案をめぐらせているのか、その視線に答える様子は無い。
「……どうし…」
「ルージュ、まだユグドラシルは平気そうか?」
やっと自分を見た瞳は、何かに切迫されたような表情をしていた。
「……だいじょぶ。何もしなければ、少しずつ魔力は戻る」
「そうだな。王城まで行けるか?」
静かに紡がれる言葉に、真剣な眼差しで頷き、手でユグドラシルを側に寄せる。
見た目の大きさからは想像出来ない、軽い音をさせ地に足をつける黒竜。
『乗れ』
下げられた首に手をかけ、その背に飛び乗る。
一声咆哮を上げ、ユグドラシルは黒い翼を大きく広げて、砂煙を上げて空に舞い上がっていく。
「シャグナ、スヴォード!!」
動き出した竜に、少しだけ動揺が走った辺りに二人を見つけ、ブルーは声を張り上げた。
「城が気になる! 後は頼んだ!」
シャグナはブルーを見上げ、大きく頷いて手を掲げた。
見上げた空の先。
漆黒の神竜の翼が視界の三分の二を埋め、風を鳴らして王城に向かっていった。
「そんな……」
在りえない。
「何に驚いている?」
在りえない、在りえない。
「どうして……どうして……!!!」
在りえるはずが無い。
「簡単なことだ」
在りえるはずが、無いのに――
「お前と同じ、という事だ」
自分の視覚を、聴覚を疑う。
疑わなければ、落ち着けない。
「ウソだ」
「ウソではない」
「違う」
「違わないな」
「だって……この目は……」
――私とお母さんだけの……
世界広しと言えど、初対面なら誰もがこの目を見て驚いていた。
はじめて見た、と。
今まで見た事が無い、と。
今は亡き母との繋がりを証明してくれる、絶対唯一のモノ。
「アテが無いわけではないだろうに」
驚愕の表情をただただ皮肉り、笑いながらセエレは続けた。
「だから、あの本を持って旅立ったのではないのか?」
すでにこの世には無いがな。
続けられた言葉も、まともに理解できない。
「何を、知ってるの?」
「全て」
「全て………?」
「この世界が忘れた事、全てを知っている」
「忘れた? 世界が?」
「そうだ。だが忘れたからと言って、罪が消えることは無い」
「何……何の事を言ってるの?」
「……この世界を滅ぼすとでも言うの?」
『……あの地上を滅ぼすとでも言うの?』
「………………………」
小さく紡がれた言葉が、記憶の中の声と重なる。
だが、もう二度と戻る事は無い。
そう。
望んでも、絶対に戻ることなど在り得ないのだ。
何かを捨てるように、セエレは瞳を伏せた。
「おしゃべりが過ぎたようだ」
ゆっくりと目を開き、自分を見上げるその金色の瞳を見据える。
「消えろ」
一瞬の間を置いて、光弾が目の前に出現する。
「ティっ……」
セイクリッド・ティアを呼び寄せようと、意識を集中させるが――
「やば……っ!!」
避けるという考えも吹っ飛び、シランは思わず両目を硬く閉じる。
「行けぇ!!」
――ゴゥンっ!!!
聞きなれた声の直後に起こった爆発。
思っても見なかった風圧に、シランの体が浮かび、石の床に叩き付けられる。
セエレも予想外の事に手で渦巻く風から顔を庇った。
「お前、何してんだよ」
女性にしては低く、酷く怒気の入り混じった声。
風がやんだ先、シランとセエレの間を割って入るように、そこにティミラが居た。
手には手持ち無沙汰気に、黒いガンが握られている。
「ったく。城ってのはやたら広いな。ここに着くまで時間かかったっての」
悠然と黒髪を払い、不敵な笑みを浮かべる。
細められた翡翠の瞳が、射抜く視線をこちらに向けていた。
「貴様……」
憎々しげに言うセエレに、ティミラは口を開いた。
「やっぱりテメェか。シランをよろしくしてくれてまぁ……」
そこで背後を振り返り、床に座り込んだシランを見つめた。
「平気か?」
少しボーっとした表情をしていたが、声をかけた事で我に返ったのだろう。
ハッと顔を上げてゆっくりと頷いた。
何があったのかは知れないが、何か混乱するようなことがあったのは確かだ。
「……何したんだよ」
ため息混じりに、再びセエレに向かって言葉を放つ。
「何も」
「ウソつけよ。何か無きゃ、コイツがココまで呆けるかってんだよ」
「現実を受け入れれないだけだろう」
「はぁ? お前何言って……」
的外れに聞こえる台詞に、ティミラはセエレを見上げ――
「……お前………それっ……」
彼の瞳を彩る色を認識して、ティミラは驚き、そして眉をしかめた。
「………なるほどね。これじゃあ呆けるわけだ」
「ほぅ。何か理解できたのか?」
「別に。ただ、目の色がお揃いで、と言うのは理解できた」
「その程度か」
「それで十分だろ」
足を開き、身体をセエレに向けて、
「オレは、シランが何を思っているとか聞いていない。どうしてアンタが金色の目をしているのかも考えつかない。だけど、これだけは分かる」
そう言って、手にしていたガンの銃口を突きつける。
「お前は敵。オレ達だけじゃなくて、一つの国も潰そうとした」
「シランとは違う」
「………違う、か」
数回の呼吸の間を空けてセエレは小さく洩らし、見た事も無い異物を向ける女性を見つめた。
「では聞くが……」
「あ?」
ゆっくりと指が動き、ティミラの後ろで座り込むシランに向けられた。
「そいつの中に、人殺しの血が流れているとしたらどうする?」
「……………知らねぇな」
まるで関係無いという、呆れた風な口調にセエレは顔を濁らせた。
「“流れてる”であって“シラン”が殺したわけじゃないんだろう。関係あるか」
――なんだ、この絶対的な信頼は。
胸が気持ち悪くなるような感情に、セエレは目を伏せた。
「人間如きが関わる問題ではなかったな。どの道死んでもらうんだ、今は失せろ」
「人間……ねぇ」
ニヤリと笑うその表情に、違和感があった。
「ま、どうでも良いけど失せるわけには行かないんだ」
ふとその顔を消し、ガンを構え直す。
「ブルーとルージュに約束した。アイツ等が戻るまで、シランはオレが護る」
「っ……人間如きが……!!!」
荒げられた声に合わせてセエレの前に赤い方陣が出現し、赤黒い光を放ち始める。
「では貴様から死ねっ!!」
自分達を狙い、撃ち出された光線が空気を裂いていく。
座り込んだシランを抱きかかえ、後方に飛び、ガンを構えてそれを相殺する。
「はっ!! 悪ぃけど、そんなんじゃオレは殺せないぜ!!」
狙いが自分だけだと確信し、一気に間合いを詰める。
眼前まで迫り、顔目掛けて蹴りを放つ。
――ガッ!!
だがそれは、見えない壁のようなものに遮られ、防がれた。
足に鈍い痺れが走る。
「……ってぇ」
近場に着地し、足首を回して異常が無いのを確認する。
もっともこんなので異常が出るような体ではないが。
「…………なんでもありかよ、それ」
セエレの周りに浮かび、今尚淡く光る魔法陣。
ルージュの“ウォール”を連想し、そういった類の力もあるのだろうと推測する。
最も、以前の言葉を思い出すと『魔術』ではないのだろうが。
「人間にしては早いな」
「誉めてんなら、ありがたく受け取っとく」
「あと気がかりなのが、その黒い鉄だが……」
「あぁ。アンタでも気になるの?」
手にしていたガンを、大道芸でも見せるかのように回し、握りなおす。
「魔術……ではないな」
「ピンポーン。わかるんだ」
「…………あぁ。だが魔術と同様、気に食わぬ力を感じる」
言うと同時に発せられた殺気に、ティミラは背筋が凍るような感覚に駆られた。
「同じだ。あの愚かしい種族の王と……」
「…………お前、怨んでる対象多くねぇか?」
冗談を飛ばしながらも、その殺気に飲まれないよう意識を集中する。
冷や汗が額を流れていくのを感じた。
「なぜ貴様がその力を扱える?」
苛立ちに染まった金色の瞳が向けられた。
「……力ってのが魔石を指してるなら、これはオレの大陸の遺物だ」
「遺物、だと?」
「そうだ。大昔の、すごい奴の忘れモン」
ニヤリといって見せれば、金の両目が細められた。
「……………聖魔王・レヴィト……」
「………なっ…!」
ポツリと洩らされた言葉に、今度はティミラが声を上げた。
「何で……何で、お前がその名前知ってんだ……!!!」
「答えるギリは無い」
「なんだと!!」
ギリギリと、皮膚が鳴るほど手を握り締め、ティミラは翡翠の瞳でセエレを射抜く。
「何知ってるか知らねーけど、お前はツブす!!!」
先ほどとは比べ物にならない殺気を纏い、一気に地面を蹴る。
――……この女っ…!!!
膨らんだ殺気と急激に上昇した身体能力。
だが、彼が最も驚いたのはそこではなかった。
気配と共にあふれ出る、その力。
女が“遺物”と述べた物とは比べ物にならない、それ。
この女がそうならば――
運命にも似た確信を得て、セエレは笑みを浮かべた。
「貴様が……まさか………」
「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇ!!」
――ゴガッ!
腹部に鈍い痛みを感じると同時に、世界が反転した。
身体が床の石にたたきつけられ、少しばかり軋む。
視界の端には、追い討ちをかけようとして身構える女の姿が見えた。
翡翠の両目が見下ろしている。
「これで……終わりにしてやる!!」
そう叫び、ガンの引き金を引こうとした瞬間――
――ズブッ……!
背中から感じる鈍い痛み。
内臓を突き破り、肉が裂ける音が身体に響いた。
視線を下げると、丁度心臓の辺りを射抜くように銀色の槍が胸から突き出ている。
「……な……ァ……」
それを認識した瞬間、急に遠のいていく意識。
目の前が白く霞みながら、徐々に色を失っていく。
「ティミラァッ!!!」
シランの叫び声が遠くから聞こえる。
叫び、歪んだその表情を見つめ、口元だけ動かして小さく頷く。
シランは一瞬、驚いたような顔をして、だがすぐさま力強く頷いてそれに答えた。
モノクロになっていく視界の端に、笑みを浮かべるセエレの顔が見えた。
「……ェレ……」
言葉を口にしようとして、喉が熱くなるのを感じた。
ゴポっと音がして、唇の端から体液が流れていく。
唇から零れ、顎を伝い――
貫かれた胸から溢れる、彼女の血液。
「………あの女……」
その色を見つめ、セエレは表情を濁した。
膝を降り、崩れていく体。
白い石床に投げ出される四肢。
床に流れていくその色は漆黒。
彼女の身体を流れている、命の雫の色。
夜のような色を携えたそれは、確かにティミラの身体から溢れていた。
Copyright (c) Chinatu:AP-ROOM All rights reserved.