『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

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  WILLFUL 8−6  


地に伏せたままピクリともしない身体を見据え、セエレはゆっくりと立ち上がった。
「死んだか……」
蹴られた身体は思った以上に痛んでいる。
戦うのに支障は無いが、人間にしては痛い攻撃だ。
人外であることを示すのに十分な、この体液の色。

――黒い血……とはな。

黒曜石が溶けたかのような輝きは、確かにティミラの身体の周りに流れている。

――しかし、この女がレヴィトであるならば好都合だ。

もし仮に、人ではないとしても心臓を串刺しにした。
身体の強弱など、こんな手段の前では関係無く絶命を余儀なくされるだろう。
あとは後ろに控えている少女を消せば済む。
仲間の死を直視して、正常でいられるとは到底思えない。
感情は時に己の力を弱める事にもなる。

「さて……では、死んでもらおうか」

背後で絶望か、あるいは怒りを抱いているであろう少女を振り返り、セエレは目を細めた。

「……馬鹿な……」

そこには、光の矢を番え、自分を見据えるシランの姿があった。















黒い翼が、地を流れていく家々の屋根に影を生んでいく。
城門を守り抜いたお陰で、城下町は元の姿を保ったままだった。
人は見えず、活気も無いが、この国が落ちたわけではない。
グレンベルトの、最悪の状況だけは免れた。
後はその元凶であり、様々な思念を持って動いているセエレを止めなければならない。
「ルージュ、平気か?」
顔色は悪いわけではないが、疲労の色は隠し切れていない。
額の汗は、まだ頬を流れている。
「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと暑いだけだから」
笑ってそういうのは、多分心配をかけたくないから。
それ以上の追求を止め、ブルーは極僅かにため息を吐いた。

「……っあ」

一瞬の間を置いてルージュが声を洩らした。
「どうした?」
「……ティミラが…」
「アイツが、どうかしたか?」
「…………ティミラに何かあった……」
疲労とは違った深刻な表情で告げ、ユグドラシルを急がせる。
景色が加速し、風圧が髪をさらう。
「なんだって!?」
「ティミラの魔力がいったん途切れた!!」
風に掻き消されないよう叫び、目標である王城を見据える。
「おい……それって……!」
言われた事の事実が理解しがたいと、ブルーは声を掠れさせた。
「大丈夫なのか!?」
「分からない……! 彼女が暴走しない様祈るしか……っ」
気だるさが包む身体を叱咤して、ルージュは頭を振り意識を覚醒させる。
「ユグっ!!」
『分かっている。飛ばすぞっ!!』
黒い翼を翻し、ユグドラシルは風を受けて上昇していった。















「仲間が死して尚、刃を向ける心があるのか」
突き刺すような言葉にも、シランの瞳は揺るがなかった。
「さすが裏切者の娘。もはや仲間とも思っていなかったか?」
「…………友達だよ」
皮肉る台詞に怒りを表すわけでもなく、間を置いて極自然にそう告げられた。
セエレの表情が変わるのが分かった。
「友、だと? その友が目の前で死んで、涙の一つも流れないか」
「………………………」
無言のまま、光の矢を支えているシランは腕に力を込める。
そんな行動にますます表情が険しくなるのを、止めれなかった。

――なぜだ。何がアイツをそうさせている?

「……なぜだ。友が死に絶えて………」



「勝手に殺すな」



声と同時に、足に何かが絡まる感覚が流れた。
反射的に目を落とした先には、足首に手をかけているティミラの姿。
「なっ……貴様!?」
口元から流れる黒い血と、胸元に穴をあけた服が確実に本人であると証明している。
「酷いな、お前。オレ、一回死んだぜ?」
「馬鹿なっ!! なぜ……どうやって…………っ!!!」
混乱きわまった顔の横を光の矢が通り過ぎ、鈍い痛みを刻み込んできた。
足の手を振り解き、飛びのいて距離を取ろうとするセエレを追い、光が次々と放たれる。
「ちッ!!」
赤い方陣でそれを防ぎながら、距離を取っていくセエレ。
ある程度離れた時点でティアを下げ、シランはティミラの元に走っていった。
「ティミラ……!!!」
「あぁ、悪いな。縁起でもない物、見せた」
今にも泣き出しそうなシランの顔を見つめ、ゆっくりと微笑む。
「うぅん……!! いい、でも……」
セエレの“力”に貫かれた瞬間、ティミラが口で告げた言葉。

  『大丈夫』

身体の“再生能力”のことも、黒い血の事も知っていた。
それでも、彼女は痛みを感じないわけではない。
大丈夫と伝えられても、不安は拭えなかった。
「……痛かったよね」
俯いて、小さく洩れる声。
血で汚れた手のひらをスカートの裾で拭い、肩に手を乗せた。
「二人に約束したんだ。オレは死なない。だから、護れるから」
その言葉に勢い良く顔を上げ、だが何も言えずに唇だけが震える。

痛みを理解しようとしてくれて。
心の底から心配してくれて。
涙を流しそうになりながら。

「ありがとう」

普段の笑い方からは想像もつかない微笑。
様々な思いの言葉を受け止めて、シランは零れそうになった涙を拭った。
少し赤くなった頬で大きく頷き、奥に控えるセエレを向き合う。
赤い方陣を纏わせ、セエレは疑惑の目をティミラに向けた。
「貴様……一体…………」
方陣から発せられる力に警戒しながら、ティミラは目を細めて笑った。
「ははっ、悪ぃな。オレ、人間じゃねーんだわ」
そう言いながら、口内に広がった血液を吐き出し、唇をぬらすそれを舐め上げる。
「元は普通の人間だったんだけどな。ガキの頃、自分の故郷で生体実験されてさ」
「なんだと……?」
立ち上がり、胸元に触れて感覚を確認する。
どす黒い色の血が皮膚をぬらしている。
「……色々あってね。まぁそのおかげでこんな血の色と、人外な身体能力、再生能力があるわけなんだ」
貫かれた心臓は完全に再生し、鼓動を取り戻している。
傷跡も、おそらく残っていないだろう。
「痛かったろ、オレが蹴った時」
セエレを見つめながら言えば、一瞬だけ動いた目が言葉を肯定だと教えてくれた。
「普通の女の蹴りなんか、そんな痛かないって。それに手加減してるし、オレ」
「手加減……?」
「そ。ついでに教えておくけど、普通の攻撃じゃオレは殺せないから」
胸に下げられている翡翠色の宝石を指で弄り、困ったように笑いながら続けた。
「首切っても直る。さっきみたいに心臓やられても再生する。頭、矢とかで打ち抜かれても生きれる。まぁ、頭が無くなったらさすがに死ぬけど……」
「………一つ聞こう」
まるで他人事のように、だがどこか自虐的に言うティミラに、セエレはしかめたままの顔で問うた。
「“聖魔王レヴィト”はそんな能力を持ってはいなかった。心臓を貫けば、死んだ」
攻撃態勢に入ったのか、赤い方陣が強く輝きだした。
「貴様がレヴィトでないとすれば……貴様は何者だ」
「…………オレも聞きたい」
質問に答える風でもなく、ティミラはガンを握り締め引き金に指をかけた。
「なぁんで“レヴィト”を知ってるんだ? アレはオレの大陸の遺物だぜ?」
「質問に答えろ」
威圧的な声。
尚輝きつづける方陣を視界に入れ、小さくため息を吐いた。
「これ見せれば、何か分かるかもな」
そう言いながら、左の二の腕を覆っていた黒いバンドをずらす。
その下に隠れていたのは、鳥の羽のような、または揺らぐ炎の様にも見える黒い痣。
バンドに隠れていた部分に走るように、それが描かれている。

「……!!」

何かの確信を得たかのように、セエレは目を見開き、次には笑い出した。
「なんだよ。気色悪ぃな」
バンドを戻しながら、ティミラは臨戦体制を取る。
「………生体実験か。どのような方法かはわからんが……なるほどな」
極自然な仕草で開かれた金色の瞳。
先ほどまでの戸惑っていた表情がウソのように、敵意を剥き出しにしたセエレの、それ。

「……っ!?」

目が見開かれた瞬間に流れた、何か。
体の神経が凍りつきそうになるほどの殺気が、肌を泡立たせていく。
セエレの感情に同調するかのように、一層に輝きを増す魔法陣。
全てを焼き尽くす炎のような、赤い光。
憎悪だけに染まった金の瞳が、自分達を射抜いていく。



「好都合だ。裏切者、聖魔王も白銀の者も…………」



視界に、光の紅が強く焼き付いた。










「全員、死ぬがいい」





 
 
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