『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

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  WILLFUL 8−7  


限界を超えようとしている体が悲鳴を上げている。
少しでも気を緩めれば、あっという間に意識が吹っ飛ぶような――
そんな漂うような気だるさ。
「っ、クソ……」
全身を包むそれを払うように、少しだけ愚痴る。
今だ霞まない視界を、少しだけ自分で誉めたくなった。
「ルージュ」
横から聞こえたブルーの呼び声に、いつも通りの笑みを浮かべて答える。

――心配は、無用だと。

身体を抜けていく風は、この戦況下でも嫌に心地良い。
と、その風が一瞬やんだ。
「……ユグ、どうしたの!?」
ユグドラシルが大きく翼を広げ、進行を止めたのだ。
ただならぬ雰囲気に、二人が顔を見合わせた瞬間。

赤い閃光が、グレンベルト王城の屋上に走った。

直視していなくても目に入る強い輝きに、その方向を向く。
直後に、身体全体に響き渡るような爆音が空を劈(つんざ)いた。

――ドォッッ!!!!

身を吹き飛ばす強風が辺りを駆け巡り、空気をなぎ払う。
「ユグっ!」
ルージュの呼び声に答え、ユグドラシルは覆うように翼で全身を包み込んだ。
風が自分達を直撃する寸前にその黒い翼が音を立てて広がり、強風と、翼より生まれた風が相打ちになって、揉み消しあい消えていく。
ぱらぱらと舞う砂やらを払いながら、ブルーは顔をしかめた。
光が見えた瞬間に、身体を駆け抜けた何かがあった。
「なんだ……?」
「……ユグ、行って!!」
『御意……』
再び翼を躍らせ、黒い竜は一気に城下町の上空を駆け抜けた。
光の見えた屋上はすぐ目の前に迫っている。
視線の先に、白い法衣と赤い髪がゆれているのが見えた。

「…………セエレ……!!」















「う……ぁ……」
声を絞り出す唇が震える。
全身が痛みを訴え、軋み、悲鳴を上げた。
シランはなんとは瞳だけをこじ開け、自分達を見下ろす青年を見つめた。

――何が起こったのか、分からなかった。

目を覆う赤い閃光。
視界がそれで埋まった瞬間には、もう身体が吹き飛んでいた。

地面にたたきつけられ、それ以外にも身体を焼くような痛みが襲って――

血で染まった左腕は痺れて動かない。
床に投げ出された足も鉛のように重い。
セイクリッド・ティアも手元から消えてしまっている。
「ほぅ……生きているか」
耳鳴りの向こうに、わずかながらセエレの声が入ってきた。
殺意を持った金色の瞳が笑っている。
力を込めて動いたのは右の指先だけだった。
爪が力なく、カリカリと床の石をひっかく。
「さて……では止めを……」
「待てよ、テメェ……」
低く怒気を含んだ声が聞こえた。
そして目の前に、すらりと伸びた足が映った。
所々黒く流れている体液が、彼女の血液であるとなんとか認識できた。
「…ィ……ミ……」
「喋らないほうがいい………少し、酷い」
喉を震わせて声を絞り出すシランを見つめ、ティミラは胸元の宝石に触れた。
「こっちの魔術ほどには、出来ないけど……」
翡翠色の宝石が僅かに輝くと同時に、身体を心地よい暖かさが包んだ。
「やらないよりマシだろ」
言葉と同時に、シランは何とか身体を起こした。
つい先ほどに比べれば楽になったが、痛みを訴える身体は全快までには程遠い。
「……っ……」
「無理しなくていい」
「で、も……」
床に腰をつけたまま、シランはティミラを見上げた。
額から頬にかけて黒い血が流れている。
いくら治癒能力が凄くとも、痛みはあるのだ。
彼女はいい顔をしないだろうが、こういう時ばかりは普通の自分の身体を恨めしく思う。
「やはり治るのか」
「さっき丁寧に教えたじゃねーか。わかってないな……」
余裕のセエレになんとか皮肉を返してみるが、内心は焦っていた。
シランと一緒に吹っ飛ばされた時の衝撃は、今までの攻撃とは非にならないものだ。
屋上の床の石が抉られているだけで済んでいるのが、不思議なぐらいの力。

本気で守らなければ、シランは殺される。

いまだに消えぬ殺気をまとい、セエレは再び手をかざし、魔法陣に力を込める。

「ならば……消し炭になれ」

紅蓮の方陣が輝き、セエレが力を解放しようとした瞬間――

「消し炭になるのはお前だ!!」

聞きなれた声が響き、黒き竜が屋上に舞い踊る。
その竜の口元に標的を破壊する光を確認し、セエレは急遽攻撃の力を防御に回した。
「行けぇ!!」
ルージュの声に呼応して、ユグドラシルの口から白い光が放たれた。
全てを消し去る、焼付く白い光源が一直線にセエレを襲う。

だが――

――バギィッ……!!

それは直撃することなく魔法陣に阻まれて弾かれ、四散していく。

「そ……そんなっ……」

衝撃の名残の風が空に舞う。
手加減無しの攻撃をしたはずだった。

倒すつもりで、いたのに――

「甘い……」

つり上がったセエレの唇を見て、悪寒がした。
「死ね」
言葉と同時に魔法陣から赤い光の筋がいくつも放たれる。
「……っ!!」
翼を広げてさらに高く舞い上がり、ユグドラシルは大きく旋回しながらそれを交わしていく。
「ルージュ、降りる」
「わかった……!」
剣を抜き放ち、急降下を始めた背に身を任せ、ブルーはその一瞬を狙った。
「馬鹿が……死ぬが良い!!」

こちらに目掛けて舞い降りてくる竜に狙いを定め、セエレが目を細めた瞬間――

「やらせるか!!」
地を蹴り、駆け出したティミラが懐まで潜り込み、一撃を与えようと肩を掴む。
「……っ邪魔だ!!」
方陣の光が肩の肉を抉り、その衝撃でぐらついた体が地面に叩き付けられる。
倒れるティミラを見届けもせず、セエレは顔を空に向けた。
太陽の光を反射した銀色の輝きが目を覆う。
ユグドラシルの背から飛び降り、ブルーは剣の切っ先を見つめ標的を定めた。

「……っ!?」

身を躍らせた視線の端に、腕を抑えたまま顔を歪める王女の姿が見える。
腕を染める血が映り、頭の中が一瞬で真っ白になっていく。

「ッセエレェエッ!!!」

青い瞳に敵意を剥き出しにし、ブルーは剣を振り下ろした。
ティミラの接近のせいで反応が遅れ、崩れた体制のまま何とか一撃を避ける。
剣の先端が顔を掠め、髪が散っていく。

――避けられた。

致命傷どころか皮膚を裂いてもいない状況に、ブルーは着地後、すぐに体制を立て直しセエレを視界に捕える。
と、攻撃により反射的に閉じられていたセエレの瞳が開いた。
赤い髪の隙間から見開かれていたのは、金色の瞳。

「…………っ!!……」

視界が認識したものを、頭が受け入れられずに混乱していく。
混濁する意識がたった一言だけ自分に告げた。





――シランと、同じ色。





「何に驚いている?」
不敵な笑みを浮かべながら告げるセエレの言葉さえ、どこか遠くに聞こえた。










「ブルー!!!」
動きの止まった姿に、シランは声を振り絞って名を叫ぶが、彼は動かない。
静かに輝きを放ち始める赤い方陣さえ、目に映っていないかのようだ。

――このままでは……

「やめ……やめて……」
再び床に倒れたティミラは意識を失っているのか、起き上がる気配がない。
立ち上がろうにも左腕は使えるまでに回復しておらず、身体を支える両足にも力が入らない。
景色を見つめているはずの視界も、希に色を失いかける。
「セエレッ!!!」
飛び退きかけた意識を引き戻す、空からの声。
「ルージュ……」
青空の端に舞う、黒い竜を見上げてセエレは目を細めた。
「……逃げていればいいものを」
「ここでお前を逃がすわけには行かない……!!」
「忌まわしい白銀と獣めが……! 死ね!!」
叫び声と同時に放たれる双方の光。
ユグドラシルはいくつかの赤を相殺するも、はじき切れなかった数本が空を縫うように駆け抜けていく。
顔をゆがめ、舌打ちしながらルージュはユグドラシルを上昇させ、その光を交わした。
「これで終わりだ!! ユグドラシルっ!!」
上空から見下ろす位置にセエレを見定め、声を張り上げる。
セエレは防御に力を回しているようには見えなかった。
数で弾き返されないよう、持てる最大限の力を使って打ち倒すしかない。
「よくも、よくも……よくもティミラを!!!」

――だが。

「……これだから人間は愚かだ」
破壊の白光を輝かせるユグドラシルを見上げ、セエレは小さく笑っていた。
それを見て、シランは震える指先をキツく握り締めていた。

寒気がする。
同じ金色の瞳だが、この違いはなんだ?

その視線に含まれているのは、剥き出しの敵意。
「や……やめ……」
その視線の先にいるのは、漆黒の竜を操る仲間。
その笑った口元が現しているのは、紛れも無い殺意。

「死ね」

短い一言と同時に、辺りの青空を上塗りするかのように出現した赤の魔法陣。

「…っ!!!?」

取り囲むように四方に現れたそれに、息が詰まる。
『主……っ!!』
主人を助けようとユグドラシルが翼を広げた。
だが数秒早く生まれた一閃の光がそれを打ち抜く。
「ユグ……っぅぁああぁあッ!!!」
落下し始めたユグドラシルを狙い、打ち出された光が辺りを赤く輝かせる。
「……っ」
目の当たりにした光景に、喉は震えることも無く息を吐き出す。
やがて光が消え去ると同時に竜を失った体が力無く石の床に落下していく。
「ル……」
青い法衣は身体中の至る場所を赤く変えていた。
無残に石の床に投げ出された身体は、生きているのか死んでいるのかさえ分からない。

「呆気ないものだな」

冷徹に響くセエレの声。
自分を見下ろす瞳が、異様なほどの煌きを秘めている。

「さて……あとは…」

静かに動いた視線の先にはブルーがいた。
金色の瞳とかち合う青が、酷く動揺しているのは確実だった。
跳ね上がった心臓を押さえ込みながら、ブルーは剣の柄を握り締めた。
ティミラとルージュを打ち落とした力は本物だ。
今ここで全力でシランを守らねば、死は確実なもの。

――けれど。

「迷いのまま剣を握るか? 騎士よ」
セエレの言葉に剣先が揺れた。
「迷いは死を招く。そうだろう?」
細められる金の瞳に焦りと不安が混同する。





『お前はなぜ、ここまでして『創造戦争』のことを調べたいんだ?』
『……別に、なんとなく…』





何も告げられなかった。
何も言ってくれなかった。



シラン。





「なぜ……なぜお前が金色の瞳をしているんだ……」
自分でも分かるぐらいにかすれた喉。
「小娘も同じ事を聞いたな」
セエレは顔に貼り付けた笑顔のまま答える。

「なんてことは無い。同じというだけだ……」

ゆったりと動く手の動きに合わせて魔法陣が出現し、ブルーの四方を取り囲む。
「やめて………」
シランは力の入らない身体を引きずろうと腕を伸ばす。
が、ふと自分を見つめるブルーの視線に気づいた。

紺碧の瞳が暗く輝いていた。
いつもの、見知った青ではない。

「……シラン……」

その色は、疑惑、疑念。
迷いの青。

何が言いたいかなんて、すぐに理解できた。
でも、その疑問に満足に答えれるだけのものがない。
「違う……違う、あたしは……」
目尻が熱くなる。
唇は放つ言葉を失い、ただ震えた。

「別れは済んだか?」

光輝く赤を目にし、シランは目を見開いた。
「やめて……お願いだから……やめて……」
力の抜けた爪先が地面を引っかく。
カリカリと、ただ弱く音を立てて。





何も出来ない。
何も出来ない。
何も出来ない。





ティミラのように強くない。
ルージュのように魔術も使えない。
ブルーのように戦う術もない。





「弱いな……」
放たれた言葉に、弾かれたように顔を上げた。
目尻を熱くしていた涙が頬を流れた。
歪んだ視界に見える、破壊の赤の光。



「やめて……お願いだから……」





――直後、閃光が再び視界を覆った。

 
 
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