『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

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  WILLFUL 8−8  


――俺は何のために剣を手にしている?

シランを守りたいから。

――では何のために剣を手にしようとした?

もう一度、会いたいと思ったから。

――なぜ、そう思った?

……分からない……





理由なんて、無かった気がする。










木々が揺れ、木漏れ日が葉の間を抜けて森を照らしていた。
光の反射する川の水面はキラキラと輝き、中で泳ぐ魚達が実に気持ちよさそうだ。
『ルージュ、あんまり騒ぐなよ? 魚が驚くぞ』
そんな魚達を、浅瀬の水辺に足をつけながら眺めていた弟を注意し、適当な場所に腰掛けた。
頭の上のほうで結われている銀色の髪が、少しだけ風に揺れる。
風に当たって少しだけヒリヒリした口元を触って、顔をしかめた。
『だ、だいじょうぶ?』
川から上がった弟の言葉に、苦笑いしながら頷く。
それも見ても不安なのか、赤い瞳は明るくはならなかった。
『ごめん、なさい。また、僕のせいで……』
『殴ったのはお前じゃないだろ? だいじょうぶだって』
泣きそうになりながらも、川の水で濡らしたのだろう、冷たい布を差し出す。
それを受け取って、未だ痛む場所を冷やした。
『……逃げちゃって、だいじょうぶかな?』
『何が?』
『ジーノ……明日、また言ってくるんじゃないかな?』
『別に大丈夫だよ。なんかあったら、俺にすぐ言えよ?』
『うん……追いかけては、来てないよね?』
『ここまで来てケンカするなんて……』

――ガサガサ。

川の対岸の草が揺れる音がした。
弟は驚いた顔をして自分を見上げてきた。
『……まったく、しつこい奴だな』
近くに落ちていた小石を手にして、音のした方向を睨む。
『な、投げるの?』
『アイツは二回殴った。でも俺は一回。これが当たればおあいこだ』
『で……でも……!』

――ガサガサガサ。

明らかに誰かがいる。
出てきた瞬間に当ててやる。
葉が揺れた方向を睨みながら、その一瞬を待った。

――ガサ……ガサガサガサ……ガサ…!

『そこだ……あ!?』
『え? わぁっ!』 

狙った一瞬に現れたのはジーノではなかった。
十歳ぐらい――自分と大差ない女の子だ。
投げる瞬間に気づいたが、放るのは止められずに変な方向に石が飛んだ。
『だ、だいじょうぶ!?』
対岸ギリギリまで歩み寄り、弟は声を大きくして叫んだ。
女の子は反射的にしゃがみ込んだのか、草の間から顔を覗かせた。
『あ……あのぉ……』
『ごめん! だいじょうぶか!?』
弟の横に並び、声をかけると女の子が立ち上がった。
『あ、あたしこそ。ごめんね……?』

新緑の、きらきらした短い髪。
何より目を引いたのは、その目の色。
自分の銀色の髪とは反対の、吸い込まれそうな金色。


そんな瞳の色も、そしてこの女の子の顔も生まれて初めて目にしたものだ。


『あの……?』
顔を見つめてしまったのか、女の子は首をかしげている。
慌てて手を振ってなんでもないと伝えた。
『キミは、誰?』
初めて見る顔に、ルージュも不思議そうな表情で女の子に声をかけた。
それにちょっと慌てた様子で『あっ』と声を洩らし、目を逸らす。
『あ、あの……こっちに来ない? そこなら、多分濡れないで来れるよ』
失礼なことを言ったのかなと思ったのだろう。
弟は石が連なる浅瀬を指差し、そう告げた。
女の子は嬉しそうに頷いてその浅瀬にジャンプした。
少しくらい水が跳ねるのも気にせず、どんどん此方に渡ってくる。
自分達に近づいた女の子を手助けしようと、浅瀬に近づき手を差し出した。
少しだけ驚いた表情を見せたあと、すぐに笑顔を浮かべて手を握り返してくれる。
自分より幾分かも小さめな体を引き、勢いよくジャンプし着地を成功させる。
『ありがとう!』
にっこりと笑顔で言われ、少しだけ笑った。
『さっきはごめん。石を投げて……』
『うぅん。気にしないで』
やっぱり笑顔でそう答え、女の子は繋いだままだった手を握った。
『だいじょうぶ? 濡れなかった?』
『平気だよ。ありがとう、浅瀬を教えてくれて』
自分の横に並び声をかける弟にも、女の子は笑顔で答えた。
『あの、僕はルージュって言うんだ』
『ルージュ?』
大きく頷いたあと、弟は自分に目をやった。
『こっちは、僕のおにーちゃん』
『おにー…ちゃん?』
『うん。僕たち双子なんだ』
『へぇ、いいなぁ。お兄さんがいて』
羨ましそうな視線を向けられ、弟は照れくさそうに笑った。
『……それで…』
『へ?』
『お前、誰だ?』
再びの質問に、女の子はまた少しだけ慌てたように笑みを浮かべる。
『えっ!? あたしは、そのぉ……あははっ』
『………………』
誤魔化すような雰囲気に、思わず眉を潜めてしまった。
『あ……あの、ごめん……怒った?』
それを怒りと取ってしまった様で、女の子は慌てて両手を振って言葉を続けた。
『あたしの名前は……シラン、シランだよ!! そっちは?』
『俺は……ブルー』
『ブルー……ブルーと、ルージュ?』
繰り返された名前に静かに頷くと、女の子は酷く嬉しそうに微笑んだ。



明るい笑顔。
まるで向日葵みたいだな、なんて感じた。



それは陽光が暖かい、青空の広がる午後の昼下がりの出来事で――










『ケンカ、したの……?』
『あぁ、まぁ……』
河原の近くの岩場に座り、石を投げてしまった原因を話して。
女の子――シランは、少しだけ目を丸くして呟いた。
『……えっと、ほっぺ痛くない?』
赤くなったそこを指差しながら、おそるおそる訪ねる。
それに頷きながら、ルージュから受け取ったタオルを当てた。
『ジーノとのケンカはいつもの事だし。慣れた』
『そういうものなの?』
『うーん……多分……』
首をかしげながら答えると、シランはクスクスと笑みを浮かべた。
『でも強いね。ルージュのためにケンカしてるんでしょ?』
川辺の近くで小動物と遊んでいるルージュを見ていると、とてもケンカ好きには見えない。
『ためにって言うのもあるけど……アイツ、弱い奴ばっかり狙うから』
『あ〜、それはいけないね』
『だろ? だから嫌なんだ。俺には絶対ケンカ売らないクセに……』
『じゃあ、ブルーは強いんだね。すごいなぁ』
顔を覗き込む金色の目を視線が合って、思わず頬が赤くなる。
普段も女の子の目の前でケンカをしてそう言われた事はあるけれど、なぜかシランに言われると酷く照れてしまう。
『……でも、ケンカなんて自慢にはならない』
自身がそう思っていることを口に出すと、シランはそれにも頷いた。
『そうだけど。でもブルーは自慢してるわけじゃないんだし。いいんじゃない?』
『……そういうものかな?』
『……多分』
お互いがお互いに難しい顔をして、それを見合って思わず吹き出してしまった。
『あははー! ブルー、ココにシワ寄ってる!』
『シランだってそうだろ?』
『あたしはシワできてないもん!』
『そのうち出来るかも……』
『女の子に失礼だぞ、それ』
『………悪るかったー』
『それ、謝ってない』

言い合いをしがなら、笑い合って。
楽しいと、思った。

『そういえば。シランはどこに住んでるんだ? 街で見たことないけど』
『ぅえっ!? あ、あの……えぇっと……』
急に振られた話に驚いたのか、シランはすごく動揺したように見えて。
『あ、その……あたしのお父さん、行商の人で! 街とか転々としてるの』
『ぎょう、しょう?』
『うん! そう!! 色々旅しながら、物を売るの!』
『じゃあこの街に来たのも?』
『う、うん。お父さんに着いて来たの! 昨日、着いたばかりで』
だから、ここ初めてなの。
そう付け足して、シランは岩に座りなおした。
『そっかぁ。初めてなのか……』

――ゴォ……ン……

森にかすかに響く大鐘の音。
それは夕刻の始まりを告げる合図でもある。
『もうそんな時間なのか……』
水辺で遊んでいるルージュに声をかけようとして、ふとシランが目に付いた。
鐘の音に酷く驚いているようだ。
『鐘の音、知らないんだよな?』
『えっ……あ、その……』
『おにーちゃん!』
シランが口篭もった時、ルージュが手にリスを乗せたまま側に駆け寄ってきた。
『それ、連れて帰る気か?』
『まさか。またね!』
近くの草むらにリスを下ろし手を振ると、小さな目をくりくりさせた後、森の中へと消えていく。
『じゃあ、俺達も……』
『あ、あたし! 帰るね!!』
慌しく立ち上がったシランは岩場を飛び降り、渡ってきた浅瀬に駆けて行く。
『そっち行かなくても、街には戻れるぞ? 宿だろ、一緒に帰ろう?』
『いいの! だいじょうぶ、平気だからっ!』
浅瀬をぴょんぴょんと渡り終え、再び草むらに足を踏み入れて
『あの……!!』
帰ろうとしていたブルーとルージュは、呼び声に振向いた。
『また、明日も遊びに来ていい?』
遠慮がちな声に、二人は顔を見合わせて

『もちろんだよ!』
『明日また、ここにいる』

その言葉に嬉しそうに笑い、シランは森に駆けて行った。
後姿を見えなくなるまで見つめ終えて、ルージュは踵を返した。
『あっちって遠回りだよね?』
『近いのかもしれないぞ』
『そうだね。でも……』
『でも?』
いなくなった森を再び振り返り、ルージュは首を傾げた。
『あっちって商人さんが泊るような宿って、あるっけ?』
『……さぁ、でも城の近くに出るし。平気だろう、帰ろう』
『あ、うん!!』





それからというもの。
シランの都合さえ合えば、何度も森で遊んだ。
木に登り、近くの滝まで歩いてみたり、時には水に濡れて遊びもした。
父親の仕事の都合なのか、たまに姿を見せない日もあったけれど、会いにくる回数から比べれば気になる数ではなかった。
時々は街の子ども達も森に連れて、一緒に騒ぎあったこともした。
シラン自身の性格もあってか、すぐに打ち解けて笑顔を見せてくれた。



いつからだったろうか。
その笑顔を見るのがとても楽しみになったのは。
今日あった出来事を話して、一緒に笑い会えるのが嬉しいと思ったのは。





でも、それは長く続かなかった。





『シラン、来ないね?』
『そうだな……』
その日も、前の日と同じように仲間を連れて森に来ていて。
本当ならシランも加わる予定だった。
『……遅い、な』
初めて会った時のような青空。
自分の瞳の色と似たような空を見上げて、ポツリと言葉を洩らした。



――結局、最後の最後までシランは姿を現さなかった。



今までもたまに来れなくなることはあった。
だから酷く気にしていたわけではないけれど。
何故か嫌な予感がした。

そして、その予感は見事なまでに的中して――

シランは、その日を境に顔を見せることがなくなった。










そして、約一ヶ月が過ぎ――

ブルーは、月日が経とうとまったく霞む事の無い少女の事を考えていた。
惹き付けられるような金色の瞳。
本当に、明るい向日葵のようなその笑顔。
今まで会って来た友達と、何処が違うのだろう。
いや、何も違わないのに。

どうしてここまで、何か穴が開いたような感覚がするのだろうか。

『…ん! おにーちゃん!!!』
『え……ぁ?』
ボーっとしていた頭に響いた声に、ブルーはゆっくりと顔を振向かせた。
そこには少しだけ怒ったような顔をしているルージュがいた。
『どうか、したのか?』
『どうかじゃないよ。ずっと呼んでたのに』
言われて始めて気が付いたことに、ブルーは『悪かった』と短く告げる。
『……シランのこと?』
『…………』
何も言えずに、ただただ川の流れを見つめる。
一ヶ月前にこの木々の間からシランが顔を出したのだ。
つい最近のような、ずっと前の出来事のような。
『……もう一度、会いたい』
『え?』
『もう一度、会って話がしたい』

心の底から、ただ単純に。
理由も訳も無い、本心。

『……でも、シランは行商の子だから。今どこにいるか分からないよ?』
現実を言うルージュの言葉は、どこか落ち込み気味にも聞こえる。
実際ルージュもシランとサヨナラも言わずに分かれたことが寂しいのは本当だった。
だが、何か理由があってそうなってしまったのならしょうがないとも思っていた。
『……伝える』
『え?』
一瞬、何を言ったのか分からなかった。
『おにーちゃん……?』
『俺が、この場所にいると伝えたい』

自分が知れないような場所にいるのならば。
手が届かないほど離れているのならば。

『俺、兵士になる』
『え……えぇえっ!!?』
『魔法兵団に入って、強くなる』
何を言うかと声を荒げるが、ブルーの青い瞳は揺らぐ様子は無かった。
森の、あのシランが顔を出した場所だけを見つめている。

いつかまた、その場所での出来事を思って――

会いに行けないのならば、どこにいるのか分からないのなら。


『強くなりたい。もう一度、会いたいんだ』


ここにいると告げよう。
ここで待っていると伝えよう。

いつか彼女の耳に自分の名が届くようにと――










それから5年――

自己流であるけれど、剣を手にした。
母のツテで剣を教えてくれる人間にも出会えたし、街にも現役でそれを生業にしている人もいた。
魔術は母に、そして自らも“手伝う”と言い、それを学び始めたルージュから教わった。
出来る限りのことを、この身体に叩き込んだ。

再び会った時に、彼女に恥じる事が無いように。
もう一度、あの笑顔を見られるように。

無我夢中になって、気がつけば入団試験を乗り越えていた。
最年少だとか、実力の事とか色々言われたけれど、多少の気休めでしかなかった。
これはあくまで通過点であり、目的地ではない。



『ブルー、ルージュ。お前達の実力、見せてもらったぞ』
『……ありがとうございます』
深々と頭を下げる先にいるのは、この国の国王・アシュレイである。
入団を認められた者は、今この謁見の間に集められて王から言葉を貰っていた。
『しっかしなかなかやるな。15……俺の娘より一つ上か、すげぇな。顔、上げていいぞ』
軽い口調で話す王の人柄は、城勤めをしている母から聞いていた。

――正直な話、まさか王の側近をしているとは聞いていなかったが。

深い緑色の髪は、捜し求めている少女を彷彿とさせたが、瞳の色はまったくの別。
誰にも訳隔てなく声をかける姿もどことなくひっかかる部分があったが、その人は王なのだ。

自分の想像を馬鹿らしく思い、小さく頭を振って――

丁度その時だった。

――バァンッ!!


『遅れてごめんなさい!!!』


背後から聞こえたのは、大きな音を立てて開いた扉と、直後に響く声。

――探し求めていた声と似ているような、その色。

『おい……いくらお前でも、その入り方は無いだろう』
『ご、ごめん……なさい……』

間違うはずが無い。
何処をどう確信したのかは分からないが、ブルーはルージュと顔を見合わせて立ち上がり、入口の扉を振り返った。

『ど、どうした?』

急に顔を上げた自分たちに驚いたのか、王は小さめの声で呼びかけた。
だが、二人は振り返らなかった。

『……あれ?』

呆然と呟く少女は、幾度か金色の瞳をくるくるさせ、新緑の髪を少しだけ揺らした。
驚きに目を見開いたその姿は、確信を真実に変えて行く。


『……シラン?』


ふと名を呼ぶと、少女は驚きの表情を笑顔に変えた。
『ブルー、ルージュ!!!』
名を呼びながら駆け寄ってくる姿を見て、ブルーも笑顔を見せた。



――捜し求めていた笑顔がそこにあった。










想像も越えた城での思わぬ再会。
謁見の間で飛びついてきたシランと、それに答えていたブルーたちはアシュレイの命で席を外すように言われ、近くのテラスで日の光を浴びていた。

――シランは、この国の王女だった。

考えもしなかった現実に一瞬住む世界の距離を感じたのだが、シランの態度は記憶の中とまったく変わっていなかった。
そのためだろうか。
“王女”と言われても、あまり実感がないようにも思った。
『……どうやってあの森に来ていたんだ?』
『城の城壁で、崩れて穴が開いてた部分があって。そこから外に出てたの』
『いいのか、そんな事して……?』
『良くないけど……ずっと城にいても誰も遊ぶ子いないんだもん、つまらないよ』
そう言ってテラスに上半身の体重をかけ、ため息を吐いた。
『ずっとね、窓から見てたんだ、街の事』
どこか寂しそうな、その苦笑。
『……皆楽しそうだなぁって。どうしてあたしには、一緒に遊んでくれる友達がいないんだろうってずっと思ってた。だから外に出たの』
『どうして、急に来なくなったの?』
「皆気にしてた」と付け加えるルージュに、シランはやっぱり苦笑するしかなかった。
『城壁の穴が修復されちゃって、出れなくなったから……』
暗くなる声色にブルーがふとシランの横顔を見つめると、シランも視線だけで自分を見つめ返してきた。
『きっと、皆あたしのこと忘れちゃうと思ってたのに…』
『忘れるものか』
すぐに返された言葉に、シランは金の瞳を大きく見開いた。
もう外れてしまった視線だけれど、ブルーは強い意志でその言葉を紡いでいるがが分かった。
『お前にもう一度、会いたいと思ったから。俺は強くなろうと決めたんだ』
再び自分を見つめてくる紺碧の瞳。
ウソも偽りもない言葉に、シランは陰り気味だった表情を徐々に明るく変えて行った。

『待たせたわね』

テラスから城内に繋がる扉を開き、王の側近でもある母のリルナが姿を現す。
招かれるままに中に入り、大きな扉を抜けると国王のアシュレイと、数人の重役であろう人間が自分達を待っていた。
そのまま普通に歩き、立ち止まるシランの横で、ブルーとルージュは膝を付いて頭を垂れた。
『お呼びですか?』
『おう。ま、とりあえず顔上げていいぞ。疲れるだろ?』
やはり気さくな印象が強く目立つ口調に、二人はゆっくりと顔を上げて立ち上がった。
見上げた先には、大らかと言うか明るいと言うか――そんな笑顔を見せる王の姿があった。
先ほど感じた王とシランが似ているような感覚は、やはりと言うべきかこの人の性格をそのまま彼女が受け継いでいるのだろう。
横に並ぶ重役の方が、よほど貴族らしい気迫で息が詰まりそうである。
『でな。お前等を呼んだ理由だが……二人とも、娘と知り合いなのか?』
『え、あ…はい』

いきなりの質問に戸惑いながらルージュは答え――

『シランが何度か森に遊びに来た時に知り合いました』
それに続いてブルーが言葉をつけた。
『そうか。仲良いのか?』
王座から立ち上がり、段差を降りて目の前で話す王を見上げて、二人は顔を見合わせた。
『あの……国王陛下?』
意図がわからない、とブルーが声を出すと、それを悟ったのか王は“あはは”と笑った。
『悪ぃ悪ぃ。さっきの様子からすると、友達みたいだなぁって思ってよ。違うか?』

それは、王というよりは一児の父親の表情で――

二人は再び顔を見合わせて、子どもらしい笑顔を見せた。

『『友達です』』

見事なユニゾンを決めてみせた双子に、王は嬉しそうに微笑んで頷いた。
『そうか、良かった。それじゃあブルー、ルージュ。お前達に命を下す』
視線で横にいた重役に目をやると、ゆっくりとした動きで歩み出て、決定事項が書いてあるのであろう紙を開く。
“命”の一言に気を引き締めなおし、ブルーとルージュは言葉を待った。
『ブルー=リヴァート、ルージュ=リヴァート両名。貴公二人を王族直属護衛騎士団への入団、及びシルレア=L=シ=ルグリア王女の専属護衛に任命する』

『……シル、レア?』
『あ、あたしの正式な王族名……』
シランの小声での言葉に頷くと、さらに続きが述べられた。

『並びに両名、現時点を持って国王陛下の支配下を離れ、シルレア王女直属の配下とする』

『……っ?』
『……以上だ』
一礼をし、一歩下がる重役に礼を告げて王はそう付け足した。

――何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
――支配下を離れ、王女直属の?

理解出来る、言っている意味は分かる。

分かるのだが、信じきれない――

『え、何。どういう事?』

緊迫した二人の空気を、ものの見事にぶち壊すシランの一言。
思わず脱力しそうになるのを押さえながら、二人は顔を見合わせた。
『意味、分からない?』
『えぇっと……二人が護衛になるっていうのは分かったけど。後半が……』
『お前、それでホントに王女か?』
『なぁっ失礼な!! ホントに王女だよ!!……一応』
『一応って……』
『それでいいの?』
ビシビシ厳しくツッコんでくる二人に、シランは思わずしかめっ面を作り上げた。
『だって難しくて……』
『あーつまりだな。俺達は……』
そこで言葉を切り、ふと王を見上げる。
ブルーの言わんとする事を肯定するかのように、笑みを浮かべて頷きが返された。
『俺達はこれから先、国王陛下ではなく王女の命に従って行動する』
『……あたしの?』
『そうだ。陛下の支配下を離れた。つまり、お前の命令で動く直属の部下だ』
『ちょく、ぞくの?』
ぽつりと洩らした言葉に、ゆっくりと頷く。
『それって、あの……』
『あーだから娘!』
いまだ納得が行かないような顔で悩むシランに歩みより、王はその肩を叩いた。
『つまり、こいつらお前の友達で、お前の護衛。これからこいつ等と一緒に頑張るんだ』
『……何を?』
『色々だ。剣技も習え、魔術理論も教えてもらえ。二人はお前が知らないこと、知りたいことを沢山知ってる。だからお前の専属にした。困った時は、頼れ』
言い聞かせる父親の言葉に、シランは二人に視線を向ける。
今だ信じきれていないのだろうか、少し揺らぐ金色の瞳を安心させるように頷いた。
『お前達も、色々大変かもしれないけど頑張ってくれ。何か分からない事があったら聞いてくれ』
視線を合わせるようにしゃがみ込み、王は二人の肩を叩いた。
『でも……本当にいいんですか、俺達で……』
実力に自信が無いというわけではない。
だが、今だ年端も行かぬ自分達が護衛と言う、とんでもない任命を受けているのだ。
しかしそんな心配はどこ吹く風という雰囲気で、王は笑みを浮かべる。
『お前等だからだ。いや、お前等にしか娘の護衛なんて出来ない』
試すような口調でもない、圧するような命令でもない。



『娘の事、頼んだぞ?』



穏やかな口調と、強い意志を持った言葉。



いつか会いたいと願っていた。
その願いが、もうすでに現実になっている。



『……護衛任命、ありがたくお受けさせていただきます』



深々と頭を垂れるブルーに合わせ、ルージュもゆっくりと頭を下げる。





叶った願いならば、二度とそれを手放さぬように――





『シランは、俺達が守ります』





 
 
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