『 WILLFUL 〜戦う者達U ≪覚醒≫〜

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  WILLFUL 8−9  


「……ぁ……あぁ……」
かたかたと唇が震え、零れる声も擦れている。
全身の熱が引いていくような寒気が、爪の先から流れ込んできた。
心臓が嫌なほど大きく波打ち、鼓膜の中で酷い耳鳴りを響かせている。

「や……ぃ、やだ……」

目の前でゆっくりと崩れていく身体。
銀の髪が風で揺れて、流れて、揺れて。
所々、赤い液体がぽつぽつと滴り、地面に滴を零していく。

「ぁだ……いや……だ……」

重い音が響き、地面に身体が転がって。
投げ出された腕からは剣が手放され、甲高い音を響かせた。
髪留めが外れたのだろうか、束ねられていた銀色の髪が灰色の床に広がっている。
嫌に綺麗な銀の髪が、太陽の光を反射して輝いて見えた。





――やはりか。





崩れ行く姿を眺め、セエレは目を細めた。

――やはり殺しきれない。こちらの力は、完全には効かない……
――手加減はしていない。殺すつもりだったが……

僅かに上下する背が、呼吸をしている証拠。

――あの力だ。あの“封印の力”さえ無ければ……!

唯一の救いは、力をコントロールできていない事。
けれどそれもいずれ克服されれば終わりだ。
意識を失った今、その力は動いていないはず。

――ここで殺せば、事は容易に進む。

怒りとも、喜びともつかぬ色を瞳に浮かべ、セエレは口元をゆがめた。
腕を動かすと、それにあわせて赤い方陣が再び浮かび上がる。

「トドメだ。銀の末裔……」


「……ぁ……いや……」


横から聞こえた掠れ声に、だがセエレは視線さえ向けなかった。
今は構う必要など無い。
彼女の剣も、盾もすべて地に伏せた。
叫ばれ様とも、構う事など無かった。


「力も持たないくせに……!!」


憎々しげに言い放ち、力を込める。
徐々に輝きを増す赤い方陣の向こうに、倒れたブルーを見据えた。










戦う力も無い。
守る力も無い。
救う力も無い。


弱い、弱すぎる。


「いや……いやだ……」


無くしたくない。
亡くしたくない。



ごめんね、ごめんね。
いつも怪我をさせて。
いつも心配をかけて。
いつも迷惑をかけて。


黙ってて、ごめんなさい。


隠してたわけじゃないんだけど。


ごめんね、ごめんね。


あんな哀しい目をさせたのは、あたしだ。
あんな寂しそうな目も、あたしのせいだ。


そうだ、あたしのせいだ。



「ブルー……」



助けたい。
助けたい。
このまま何も出来ないままなんて、嫌だ。



「いやだ……」



あの赤い光が、また仲間を、大事な人を貫こうとしている。
駄目だ、止めなければ。



「……いやだ……ブルー……」





「……殺してやる」





残酷なほどの、死の宣告。





駄目だ、駄目だ、駄目だ。
止めなければ、止めなければ。





助けなければ――――





「ぃ……やだぁぁああああああっ!!!」





瞬間、白い光が陽光さえ掻き消して、辺りに広がった。
「な、なんだっ!?」
目を焼きそうな程の輝きに、セエレは攻撃の手を止めて腕で視界を守った。
視界の、僅かに出来た影から見えたのは、剣。
シランの手にしていた、姿を変える力を持つ大剣。
「セイクリッド・ティア……」
セエレは呆然とその剣の名を呟いた。
その途端、音も無く剣は欠片に砕け散り、光の粒子に姿を変えて辺りを舞い始める。
降り行く欠片はゆっくりと、シランの身体を覆うように漂っている。
「…………まさか……」
立ち上がることさえ出来ていなかった身体が、両足を地に付けていて。
もう叫ぶ事も無くなった頭はただ項垂れていた。
表情が、見えない。
漂っていた粒子が、項垂れるシランの背に集まり始め、徐々に形を成して行く。

透明な、ガラス細工のような煌きを放つ、欠片で出来た光の翼へと。

「そんな……馬鹿なっ……!!!」
「させない……絶対に……」

焦るセエレの声に重なるように、シランの小さな掠れた言霊が洩れた。
倒れたブルーを横目に赤い方陣を生み出し、攻撃の目標をシランへと移す。
「くそっ……死ね!!」

――ゴゥッ!

複数の方陣から放たれた光が、一直線に突き進み――

ゆっくりとシランの顔が上を向き始める。
攻撃の事など気にかけていないような、ゆったりとした動き。
向かってくる赤に、ふっと片手を向けて、

――パキ……ンッ……

まるで硝子が砕けるかのような、軽い音をさせて光が離散していく。
シランの身体に触れる前に綺麗に、何事も無かったかのように。
攻撃を防いだのは、差し出された指先から生まれた赤い魔法陣。
「ば……かな……」
今までの余裕を打ち消し、驚きと恐怖に表情を変えてセエレは後ずさる。
「何故だ、今まで力など皆無だった……どうして、今になって!!」
叫びながら再び光を放つが、やはりどれもシランに届く事は無い。
直前で砕かれ、消え去る自身の力にセエレは驚愕した。
「許さない……」
どこか無表情に近い、色を失った瞳でシランは呟き、指先を僅かに動かす。
それに合わせ、力を与えられた方陣が一瞬だけ輝いた。

攻撃の気配を感じ、セエレは守りの障壁を生み出すが――

――ギィッン!!!

「ぐっ!!」
強い衝撃に身体が吹き飛ばされ、地に叩き付けられる。
「くそっ……馬鹿な……」
攻撃の余波で痛む身体を起こし、セエレは奥歯を噛み締めた。
こんなことは予想外だった。

この四人を消しさえすれば、それで済むはずだったのに――

「何故だ……何故今になって……」

――この王女には力は無いはずだ。それが今更になって、どうして……

そこまで考えをめぐらせて、ふとブルーが視界に写った。
「まさか……」
「許さない」
何かに気付いた思考は、王女の冷たい声色に掻き消された。
身を起こし、光の直撃は避けたものの完全には回避出来ず、肩が痛みを訴え、血を流した。
顔を歪ませ、流れる血に思わず手を肩に当てる。
「くそっ!」

――俺の力は通用しない。このままだと、負ける……

「負ける、だと……?」
血が溢れる肩を握り締め、セエレは顔を上げた。
「ふざけるな! 負けるなど、あってはならない!!!」
血に濡れた手を振り上げ、再び方陣を形成する。
「そうだ……お前達に、負けるわけには行かないんだ!!」
声を張り上げ、残りの力を全て叩き込んで、方陣は一層強い光を纏い始める。
「死ね!! クリスの娘……裏切者が!!」
「うるさい……よくもブルーを!!!」
対峙した二つの魔法陣の光が視界を奪い、辺りを白一色に染め上げた。
放たれた力がぶつかり合い、轟音を響かせて城を大きく揺らした。










「な、なんだっ……?」
突然の揺れに騒然となるグレンベルト城内。
イクスは良く分からない状況ながらも、不安がる住民達を静め始めた。
「陛下?」
一人天井を見上げ、顔を強張らせるアシュレイに、リルナは眉を潜めた。
「どうなさいました?」
「嫌な感じだ……」
「え? あっ、陛下!!」
訳わからないリルナを横目に、アシュレイは人ごみを掻き分けて走り出した。
その先は、シランが消えていった屋上へ続く廊下。
「シラン……何があった?」
 
 
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