『 WILLFUL 〜休息 旅立ちへ〜

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  WILLFUL 9−2  


「良かったな。思った以上に被害が少なくて」
かなりの広さのあるグレンベルト王の執務室。
カーレントディーテ王アシュレイは、きっちりと仕事をこなすイクスとは正反対に、実に楽な体勢でソファに座り込み、背にある窓から城下町を見つめた。
「あぁ、正直俺も安心しているところだ。怪我人は出てしまったが、死亡者がいなかったのが奇跡だと思っている」
人々は活気と安堵を取り戻し、普段の生活に戻っている。
そんな風景を眺め、アシュレイは出されていたお茶を飲み干した。
「そりゃ何より。だがまだ息抜きは出来ないぞ?」
「わかっている。それに、それは我が国だけではないかもしれんしな」
街中の被害状況や、近況の報告がまとめられた書類を見ながら、イクスは眉をひそめていた。
「大会の時、最初に兵士が言った事。覚えているだろう?」
そう言われ、アシュレイも少しばかり顔を曇らせ、その瞬間を思い出した。

『獅子兵団と思われる、鎧の騎士軍が出現しました!!!』

闘技場に飛び込んできた兵士の報告は、混乱と疑問を運んでくるには十分すぎるものだ。
「獅子兵団は大統国家ダルムヘルンが所持する騎士兵団。国家の規模から言えば世界一だ」
「んだがまぁ、ただの兵団じゃなかったらしいがな」
ソファから立ち上がり、イクスの机の上に散らばっていた書類をあさり、その中の一枚を手にする。
「えーっと? ほれほれ、これだこれ」
びらびらとイクスの前でそれをちらつかせ、アシュレイはその文面に目を走らせた。
「鎧に刻まれていた国章などは確かにダルムヘルンの物だったが、中に入っていたのは人間では無く、無機質な人形のようなものだった……ってな」
「あぁ、読んだ」
信じきれずに、何度もな。
そう付け足して、イクスは小さくため息を吐いた。
「先の国家会議の出席も無く、ましてや最近では隣国であるアレインリシャでさえ連絡が取れていないという話も聞く」
「……洒落になんねぇな」
「それに続いて今回の襲撃。そして“人間でない兵団”の存在」
イクスは手にしていた書類を机の上に放り、肘を突いて顔をしかめた。
「これは尋常ではないことが起こりうるぞ」
「……だろうな。だが、情報が少なすぎる。今回の襲撃は他の国にも伝わるだろうが、それだけじゃ警戒するだけが精一杯だろう。攻め入るわけにも行かないし、何より俺たちが連携してないと……」
最悪の事態が起こりうるかもしれない。
顔を曇らせるアシュレイの言わんとすることを察し、イクスも頷いた。
「そうだな……ダルムヘルンに何が起こっているのか、何をしようとしているのかを見極めなければ」
「となると、なんか忍ばせるのがいいんだろうが……」
バリバリと頭をかき回し、アシュレイは苦笑いを浮かべながら
「……今そんな事してバレたら、すげぇこじれそうだよな?」
「一国を攻め落とす理由にはならんが、いずれそうなってもおかしくない原因にはなる」
分かりきっていた答えだけに、アシュレイもはぁとため息を吐いて腕を組んだ。
「となると……やっぱあれしか方法ねぇか」
「アシュレイ、一体なんの…」

――キィ……

イクスが呟きかけると、ノックも無しに執務室のドアが開いた。
「アッシュ、呼んだかしら?」
ドアの影から姿を見せたのは、オレンジの髪と赤の法衣に身を包んだ魔術師。
一瞬の緊張にイクスは小さく息を吐き、すぐさま表情を崩したアシュレイはにこやかにメスティエーレに声をかけた。
「おぉ、メスティ。どこ行ってたんだ?」
「ごめんなさい、これでも忙しい身なのよ」
「そりゃ悪いな。さっそくだが良いか?」
アシュレイはイクスの側から離れ、ドアのそばにいるメスティを中に招き、ソファに座るよう促した。
「さて、と。お前を呼んだわけなんだが……」
「大体は分かっているわ。ダルムヘルンの事でしょう?」
「なんだ、読まれてたか」
苦笑するアシュレイに、メスティエーレは少し微笑み、けれどすぐに表情を硬くさせた。
「最近良い噂は聞いていなかったし。今回の襲撃も只事とは思えないわ」
静かではっきりとした声に、アシュレイも頷いて答えた。
「じゃあ率直に言わせてもらう。ダルムヘルンの様子を見てきて欲しい」
あっさりと言い切るアシュレイに、メスティエーレは眉を跳ねさせた。
「本当に率直ね。確かに、旅人である私が一番行きやすいけれど」
「潜り込めとは言わない。ただあの国が今、どうなっているのかだけでも知れれば……」
「分かっているわよ。多少なりでも打開策が練れるものね」
机の上に置かれていたお茶菓子をつまみ、メスティエーレは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「安心して頂戴。この炎術師、そんな柔じゃないわよ」




















俺の目に見えたのは、金色。
アイツと同じ瞳。
他の誰にも持ち得ないたった一つの、アイツだけの色。
そう、思っていた。
なのに何故。
何故、奴があの色を持っているんだ。
何故、アイツは何も話してくれなかったんだ。
何故なんだ……










『何を悩む? 少年』

    誰だ……?

『どうして欲しかった?』

    ……どう、して?

『あの子の、何が不満だったのだ?』

    ……不満?

『お前は何を望むのだ?』

    何を…………










指先が、足が、痛むと、傷ついていると脳に伝えてくる。
意識はどこか朦朧として、まるで宙に浮いてるかのような感覚。

『王女を守ると決めたのだろう?』

遠くから響くような、残響がかって聞こえる声。
初めて聞くのに、懐かしさを一番に感じたのはなんでだろう。

『信じれない、と?』

見透かすかのように突きつけられる言葉。

『何故信じることが出来ない?』

息が詰まる。

『あの子が何かしたか?』

呼吸が、しづらくなる。



『瞳の色が、同じだからか?』



鼓動が、大きく脈打つ。





――違う……違う、あたしは……





『なぁ、少年』

やさしく、声は続けた。

『信じ、そして共に歩け』

それは穏やかな音色をしていて、

『お前の目で見つめ、お前の意思で決めろ』

強い力を、持っていた。


『あの子を守りたいと思う気持ち、無くしたとでも言うのか?』



    そんなことは……



――やめて……お願いだから……やめて……



    …………そんなことは……





『……目を開け』





言葉と同時に、身体を包む感覚が変わった。
意識がはっきりとし、感じていた痛みは消え去っていた。
指先の感覚を確かめるかのように握り締め、ゆっくりと瞳を開いてみる。
眼前に広がるのは、青い空。
果てなく広がる、紺碧の空。
数回瞬きをし、ゆっくりと腕を目の前に動かしてみた。
やはり痛みはなく、見た限りでも傷一つついていない。
風でゆれるのか、頬をなでる草がくすぐったい。
『起きたか』
さっきと同じ声が、今度ははっきりと鼓膜に響いた。
肘を突いて身体を起こし、辺りを見回してみる。
そこは建物や木々があるわけでもない。
ただ、果てない草原と青空が広がるだけの場所だった。
動物の気配も無く、世界に満ちる精霊の漂い無い、異質な感覚が流れている。
目の前にあるものは何もおかしくはないのに、何か感じる違和感。
眉を潜めながら周りを見渡していると、ふいに視界の端に影が生まれた。
唐突に生まれた影を怪訝そうに見上げる。
それは淡い桃色の羽毛を持つ鳥だった。
鳥は高い鳴き声を上げて羽を折り、つぃと肩に止まり毛繕いを始める。
緩慢な動きでその鳥に触れようと手を伸ばすと、
『立てるか?』
背後からさっきと同じ声がかかった。
それと同時に鳥が翼を広げて舞い上がり、背後に飛んでいく。
視線で鳥を追いかけ、ゆっくりと足に力を入れて立ち上がる。

――ピュィ……

鳥がまた、鳴いた。
その人の肩に止まりながら。

『気分はどうだ。少年』

自分の目を疑った。
そこには、酷く見慣れた容姿をした女性が1人立っていた。
銀色の髪を持ち、左右に赤と青、対極の色彩が施された瞳を持っている女性。
『少年に聞こう』
女性は揺るがぬ視線を持って言葉を紡いでいく。

『守りたいものはあるか?』

驚きが隠せずにいるのに、女性は構わず続けた。

『答えろ』

その声色は、強かった。
攻めるような言葉ではなかったが、意識をえぐるような鋭さがあった。
逃げは許さないと、言い訳は聞かないと。

その質問に、素直に頷けなかった。

  守りたいんだろう。
  だけど。

そんな押し問答が頭を埋め尽くしていく。


  どうして頷けないんだ?



『……たわけが』



怒りの声ではなかった。
呆れだ。


『王女の心の中か?』
『金色の瞳の理由か?』
『自分に告げられていない真実か?』


『何を知れば安心するというのだ』


その問に、ただうつむくことしか出来なくて。


『……それならば守る資格などない』


――!?


『お前は自分を疑う者に守ってもらいたいと思うのか?』
『命を預けるほど信じられるというのか?』


何も言えなかった。
ただ言葉を続ける女性を見続けるしか、出来なかった。
赤と青の瞳の視線は揺らがなかった。
打ちのめされそうになって、視線から逃げるように顔をそむけた。





『……なぁ少年』

穏やかさの戻った声。

『理由なんて無かっただろう?』

    理由……?

『全てを抜きさって。疑念や困惑を捨てて、思い出せ』






「きっと、皆あたしのこと忘れちゃうと思ってたのに…」

    どうして、さびしそうに笑う?

「忘れるものか」

    そんな顔、するな。





「お前にもう一度、会いたいと思ったから」





    ただ…………





「俺は強くなろうと決めたんだ」





    …………忘れられなかった。










『少年』
女性の言葉に呼応するかのように、一筋の剣が音を立てて大地に突きたてられた。
それはわずかに透明度を持つ青い剣。
鈍く陽光を反射する刀身は、鉄とは違う色合いと輝きを持っている。
『ブレイリッド・ティア』
女性は短く言った。
『お前の力はあの王女に、そしてこの戦いに絶対必要なものだ』

    俺の、力?

『強固ではない。けれど王女の力を導くには必要なもの』

    何の事を言っている?

『いずれ分かる。それまでは……』
ふと女性が微笑んだ瞬間、視界が霞み景色をかき消していく。





『その気持ち、忘れるな』















「…………コイツも全然目、覚まさないな」
「母さんたちいわく、シランとブルーは精神的に疲労してたらしいから」
「オレ、そこらへん今だによく分かんねぇんだよな。精神的疲労ってヤツ?」
「こっちの“精神的”は、ティミラの大陸の意味とは違うからね」
「うーん、こっちはただのストレスで使うから。それとは違うんだろ?」
「そうだね。魔力や特別な力、世界の目に見えない流れを使うことで生じる疲労だから」
「まぁ、こっちはオレの大陸と文化そのものが違うからな」
そこまで言って、会話が途切れた。
顔の近くに気配を感じる。
「……なぁ」
「なに?」
「コイツの顔に落書きしちゃ駄目?」
「う〜ん、バレないようになら…」
「オイコラ」
苦笑するルージュの言葉をさえぎり、彼は声を発した。
それに驚く二人の気配も感じる。
ゆっくりと、身体の感覚を確かめながら彼は青い瞳を開き、自分の顔を覗きこんでいるティミラを見上げた。
「人が寝てれば、何を勝手なことを……」
そう呟くと、驚きに見開かれていた翡翠の瞳がいたずらっぽく細められ、笑った。
「いいじゃんか、ブルー。まぶたのトコにもう一個、目書いてやるよ」
「……阿呆」
笑みを浮かべたまま言うティミラを呆れたように見上げ、ため息を吐いた。
「良かった。目が覚めて」
ティミラと同じように覗き込んでくるルージュに視線を移し、
「ルージュ、ティミラ……」
そして瞳を伏せ、彼は呟いた。
「……俺たちは、生きているのか?」





「俺が……五日間眠ってた?」
白いシャツの胸元を緩めながら、ブルーは肩にかかっていた髪を払う。
「そ。ま、僕らも三日間ぐっすり夢を見ていたけどね」
ベッドの側に置かれていたブルーの髪留めを手渡し、ルージュは苦笑した。
「……完全に、僕らの負け」
告げられた言葉にブルーは一瞬表情を曇らせ、すぐにそれを消した。
髪留めを受け取り、慣れた手つきで銀の髪を結い上げながらブルーは聞いた。
「アイツは?」
「アイツ?」
首をかしげるティミラに、ブルーは視線を合わせずに、
「……シランは?」
結い上げた髪を撫でつけながら呟く。
「まだ寝てる」
「……場所は?」
「オレと同じで向かいの部屋……って、オイ」
「見てくる」
「ちょっ……待てコラ!!」
さっさと部屋を出ようとするブルーの肩を掴み、ティミラは顔を覗き込んだ。
「あのさ、アイツに…」
「そういえば…………」
「あ?」
肩を掴んでいる手を退かしながら、ブルーはティミラを見つめた。
「お前と似たようなことを言ってたな……」
「…………ブルー……?」

「さっき同じような事を言われた。遺跡でお前に言われた事と、同じ事を……」



――自分の不安を解消するために、相手に確かめる。
――自分の疑問を無くすために、相手に詰め寄る。



『何を知れば安心するというのだ』



「アイツを起こすつもりはない」
静かに告げて、ブルーはドアを開けて部屋を出て行った。
「……ブルー、大丈夫かな?」
「あ?」
出て行った扉を見つめながら、ルージュはポツリと呟いた。
「目」
「………………」
短くそれだけ言われて、ティミラは顔を濁した。
あの戦いの時、赤い髪の合間に見えたのは、確かにシランと同じ金色の瞳。
他の誰もが見たことの無いであろう瞳の色を、セエレは持っていた。
「……だいじょぶだろ」
あっさりと言ってのけるティミラに、ルージュは不安げな表情を見せる。
「そうかな?」
「……お前までそう言うか?」
「僕は……瞳の事が気がかりでないと言えばウソだけど……」
「………………」
一瞬ティミラが怒る気配を感じたが、ウソをつくほうが嫌だった。
「でも、ブルーはどうだろう。今まで信じ、信じられて、何も隠し事なんてなかったから…」
「だからだいじょぶだっつーの」
何度も言わせるなと、ティミラは大きくため息を吐いた。
「だいじょぶだ。アイツはもうだいじょぶだろ」
“同じ事を言われた”と言った時の、あの青い瞳。
まるで迷っていた自分を自嘲するかのような色があったけれど。
その奥には、揺るがない強さを持った確かな思いがあった。

「これでまだ迷うようだったら、指一本一本へし折ってやるからな」

にっと笑みを浮かべ、ティミラはブルーが消えた扉を見つめていた。
 
 
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