『 WILLFUL 〜休息 旅立ちへ〜

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  WILLFUL 9−4  


グレンベルトであてがわれていた部屋に戻り、ティミラは一人窓から外を眺めていた。
城の侍女に頼んで持ってきてもらったコーヒーを喉通しながらただ外を眺め、さっきのシランの言葉を思い出し、頭の中で繰り返す。

『あたしと、お母さんと同じ色』

「金色……」
自らの故郷でも見たことの無い、強い煌きを持つその色彩。
それが身体の細胞の突然変異だとしても、一気に、それも複数に起こりえるのか。
そして、その色を持つ者同士が何らかの因縁を持つということも有りえるのか。
「っつーか……シランの母親も“金色の瞳”してたんだな」

――ちょっとさすがにそこまで想像出来なかったなー。

ふーと大きく息を吐き、側に置いておいたマグカップを唇に当てて、コーヒーをぐいっと流し込む。
「セエレは、ブルーやルージュにもケチつけてるし……」

――オレの……レヴィトの事も知っていた。

内心でぽつぽつとぼやき、再び大きく息を吐き出した。
「一体アイツとオレ達に何の繋がりがあるって言うんだ?」
さっぱり訳分かんね、とそれを最後に付け足し、カップの底に残っていたコーヒーを全部飲み込んだ。
口寂しさを感じ、もう一杯コーヒーを貰おうかと立ち上がり、ドアノブに手をかけると、
『………………』
扉一枚挟んだ廊下の先だろうか。
数人の会話がポソポソと耳に入ってきた。
普段なら気になる事ではないが、その声色には聞き覚えがあった。
ルージュとブルーの母、リルナと――
「…………あれは……」

『そこの銀髪の双子のガキ』

『止めよブルー。大人気ないぞ?』

それは騒動が起こる前に開催されていた、武術大会で鉢合わせたブルーとルージュの『偽者』。
「なんであいつらの声が……?」
それよりどうしてリルナの声も一緒に聞こえるのだろうか。
訳が分からずにティミラは思わず一人で首を傾げ、手をかけたままだったノブをゆっくりと回した。
わずかな音をさせて開いた扉の隙間から廊下を覗くと、視線の先にリルナの長くゆるくウェーブのかかった金髪が見え、さらにその先には例の二人の姿。
服装は武術大会のとは違う装いになっているが、あの憎たらしい印象が残っている「偽者ブルー」の顔を見れば二人だと確信が持てた。
それにしても、
「……なんか、仲良さそうだな」
穏やかに談笑をしている三人を見ると、大会で見知った仲とは思い難かった。
「なんなんだ、アレ……」

『そう? 褒めすぎではないかしら?』
『そんなことはない。誇って構わぬと思うぞ?』
『ありがとう。スヴォードにも感謝しています』
『いや、俺はシャグナの依頼受けただけだからよ。感謝されるって程でも…』
『素直に礼を受け取れ』
『うっせーな。まぁ、こっちも良い経験になったっつーかよぉ。マジで強ぇな、あの双子』

「………………???」
会話の内容と、三人の関係が読み取れずティミラが眉を潜めていると、

「あ? お前、双子の連れの……」

偽者ブルーだった男が視線に気付き、驚きの表情を見せた。
隠れることをすっかり忘れてたティミラだったが、二人と距離を置く必要も無いだろうと思い、何よりリルナとの仲に興味が引かれ、すんなりと足を進める。
「何コッソリ覗いてんだよ」
「うっせーな偽者。リルナさんがいたからびっくりしただけだ」
「んなっ! 女のクセに口悪ぃな!」
「うっせ。性別で人を判断してんじゃねぇよ」
「っぅが! この……」
「スヴォード、血が頭に上るスピードが早過ぎはしないか?」
「うっせーよ!」
「そうだそうだ。オレより年上だろ? もっと紳士的に行こうぜ」
「黙れ! たとえ俺が紳士的だったとしても、お前にはそんな態度しねぇよ!」
「っだとぉ!? 人を選ぶなんざ最悪だ! そこら辺は本物と大差ねぇんだな!!」
「知らねーよ、そっちの事情なんざ! 大体な…」
「ほらほら二人とも、止めなさいな」
ぎゃあぎゃあと胸倉を掴み合いそうな剣幕を発し始めた二人に、リルナは片手を割り込ませてそれを収めさせる。
「ティミラちゃんも。ケンカしに来たわけじゃないでしょう?」
「あ、まぁ……そっすね……」
穏やかに諭され、ティミラは唇を尖らせながらも大きく息を吐いて呼吸を落ち着かせた。
「で、なんでコイツらと話を?」
「コイツとか言うなっつの!」
「うっせぇ!」
「はいはい、ティミラちゃんストップストップ」
「スヴォードもいい加減にしないか?」
それぞれがそれぞれに再び諭され、しゅんと首をすくませる。
「それで、ティミラちゃん?」
話の路線を戻されて、ティミラは「あぁ」と言葉を漏らし、続けて言った。
「いや、なんでリルナさんが二人と仲良さそうなのかなって」
純粋に気になったのだ。
リルナだって闘技場の戦いを見ているはずなのに、と。
そのの言葉を聞いて、リルナはふむと考えるように視線を少しだけ逸らして、
「……そうね。別段隠すようなことではないですし」
ポツリと小さく呟いた。

「実はこの二人はね…………」





「偽者やってくれって頼んだぁ!? リルナさんが!?」
「えぇ」
「えぇって……はぁ……」
にこやかに、軽く笑顔でそう答えたリルナにティミラは肩透かしを食らったように脱力した。
「な、なんでまたそんな事を……?」
「一度鼻をへし折ってみたかったんです」
「は、な……?」
リルナの言わんとすることがつかめず、眉をしかめるティミラに、
「簡単に言えば、あの双子の腕試しをしてやってくれと頼まれたのだ」
後ろから偽者ルージュ――シャグナがそう答えた。
「今まで国で彼らと対等に戦える兵士は少なかったと聞いた。それで、な」
そこまで聞いて、ティミラはなるほどと思った。
要するに自分の息子二人が天狗になっていないか確かめたかったのだろう。
「彼らの実力は紛うことなきものだ。だが、自信だけでは強くはなれぬからな」
どこか貫禄のある物言いのシャグナに、ティミラは眉を潜めその表情を見上げた。
「アンタ……一体何者なんだよ?」
「ん? いや何、しがない旅の魔術師さ」
そんな穏やかな言い方に、けれどティミラの眉間のシワは消えずに残っている。
「しがない旅の魔術師が、召喚の真似事をするとは思えねぇけど?」
「おぉ、鋭いな」
「鈍くはないつもりだ」
確信を突いたかと思ったがシャグナが動揺する様子は見られない。
おそらく旅の魔術師なのは本当なのだろう。
カーレントディーテの魔術師ならルージュが知っているはずだが、戦っている最中にそんな様子は見られなかった。
「簡単に言えば、私の知り合いで幻術のスペシャリストってところですわ」
あまりに簡素にまとめられたリルナの紹介に、ティミラは小さく頷いて、
「……じゃあこっちは? シャグナよりは年下に見えっけど?」
「こやつは私が目をかけておる者だ。それなりに実力はあるぞ?」
「こいつがぁ?」
「おいコラ」
思いっきり胡散臭そうな声を出したティミラに、スヴォードはこめかみをぴくぴくと痙攣させる。
「いくらリルナさんの知り合いだからってもな、お前はすげぇ殴りたい。今すぐに!」
「おー遠慮するこたぁねぇよ、とっととかかってこいや。ソッコーで返り討ちだ」
「いい度胸してんじゃねぇかよコラァ!!」
「そらこっちのセリフだっつーんだよ!! 表出ろ!!」
「もう、ティミラちゃんってば!」
「こらこらやめんか……!」
再び胸倉を掴み合いそうになる二人を、リルナとシャグナがそれぞれあわてて引き止めた。
どうやら二人そろって根本的に似通っているおかげで「あー言えばこー言う」になってしまうようだ。
「それよりも……ほらっ、ティミラちゃん! 姫たちはどうしたんですか!?」
「えぁ!? あぁ、三人ならケイルの家行ったよ」
リルナからもたらされた別の話題に気分が切り替わったのか、スヴォードの向けられていたティミラの敵意が消える。
ナイスタイミングとシャグナは内心胸を撫で下ろし、まだ意気込むスヴォードをたしなめる。
「ケイル……メスティエーレの弟子という子ですね?」
「そ。そいつの親父さんがなんか古い物に詳しいらしくて。色々興味あるから、会わせてくれって前に話してさ」
「ティミラ殿は行かぬのか?」
「オレはちょっと野暮用があってね。それはさっき終わったから、一息ついてから行こうと思っ、て……」
そこまで話した時、ふと目の前に白く小さな鳥が舞い降りて来た。
側に窓もなく、突然現れた白い影にティミラは首をかしげたが、すぐさま疑問を消して手を差し出した。
指先に音もなく止まったその鳥は、次の瞬間僅かな風を起こし白い姿を小さな紙に変える。
「使い魔か……誰かね?」
「ルージュ」
手にした紙を広げながら短く答え、ティミラはその文面に目を通す。
僅かに細められた翡翠の瞳は何度かその文面を読み返し、ゆっくりと視線を上げた。
「何かあったの?」
「ん、ちょっと呼ばれたから行って来る」
紙を腰のポーチに雑に突っ込みながら言い、ティミラはリルナ達に背を向けて歩き出した。













太陽が高く上った青空。
待ち合わせに指定した小さな広場にその少年を見つけ、シランは小走りに駆け出しす。
「ケイルくん!」
「あ、シランさん!」
呼びかけにケイルは手を振って答え、シラン達を迎える。
「ごめんね、ものすごく待たせちゃって……」
駆け寄りながら手のひらを合わせ、申し訳なさ気に言う彼女にケイルは首を横に振った。
「そんなことありません! それより、身体の方はもう大丈夫なんですか?」
少し小さくなる声色と、不安げに見上げてくる視線にシランは力こぶを作る振りをしつつ、笑みを浮かべた。
元の調子に戻ったのだろうと受け止め、ケイルも笑顔を見せて切り出した。
「それじゃあ、家に案内しますね。着いてきてください」
武術大会の賑わいとは少し違う種類の慌しさがある街路を指差し、ケイルは歩き出す。
シランは、後ろにいたブルーとルージュと顔を見合わせ小さく頷き、その後に続いていった。





「うぇっぷっ! おい親父っ、埃被りすぎだぜ?」
「そうか〜? 長い間手をつけてないのもあるからなぁ」
「ったくよ〜……」
隣の部屋からドア越しに聞こえてきたのんびりした声に、ライルは眉間にシワを寄せ頭を掻いた。
「こんなんじゃ息しにくいっての……」
そうボソリと呟き、側でものめずらしそうに本の表紙を眺めているシランに声をかけた。
「すみません、姫様……こんな埃っぽくちゃ嫌になりますよね?」
ライルの言葉にシランは大きく首を横に振り、手にして本をパラパラとめくり始めた。

合流してから数分歩き、人通りの多い中央の商店通りを抜けた喧騒の和らいだ住宅街。
ケイルの家は、そんな静かな場所にたたずんでいた。
出迎えてくれたのはケイルの兄・ライルだった。
襲撃後、家の様子が気になっていてしばらく戻っていたとの事。
中には二人に良く似た容姿の母と、穏やかさの雰囲気がケイルと似ている父がいた。
シラン達が来た事情はすでにケイルが話していたようで、二人とも快く私室へと案内してくれた。
家の一角を占めているように感じるその私室には、ケイルが言っていたように確かに様々な本が、それこそ本棚に収まりきらずにそこかしこに散らばっていた。
中には酷く埃を被っているものもあり、量の多さを改めて感じさせていた。
「すごいなぁ、これ。カーレントディーテでも少ない古代文字の事が載ってる……」
部屋の隅で適当に本をめくったルージュが信じられないと呟く。
「……いいなぁ、これ。普通に研究に使いたいぐらいだよ」
「そうなのか?」
あまりの埃の量に目を細め、口元を手で煽っていたライルは首をかしげる。
「うん。欲しい人が見れば、ものすっごい欲しいものだよ」
「へぇ〜。俺達からしたら良く分からない代物ばっかだからなぁ」
物珍しそうにページをめくっているルージュに、ライルは再び首をかしげて苦笑した。
「でもま、役に立つのなら嬉しいや。色々漁ってくれよ」
「もちろん。喜んで漁らせてもらうよ」
さわやかに言って肩を叩く友人に、ルージュも笑顔で頷く。
「そんじゃあ俺、今日で城に戻んないといけないから行くわな」
「あ! 僕もそろそろちょっと行きますね」
思いも寄らなかった人物の、思いも寄らない言葉にライルさえもが目を見張った。
「ケイル、お前もどっか行くのか?」
「うぅん、ただ単に今日が出発の日だから」
「え、メスティさんって今日出立するの?」
ケイルの発言にシランは目を大きく見開いた。
もう少しこの国に残って、父親やイクス達の手伝いなどをするのかと思っていたのだが。
「はい、夕方には出ると言ってました。なので案内だけになっちゃうんですけど……」
「夕方に? どこまで行くんだい?」
本を手にしたまま問うルージュに、ケイルは視線を上向きに泳がせながら、
「えぇっと、国王様が特別に足を出してくれるとかで……一気にドルクドまで行くみたいです」
「ドルクド……」
東にグレンベルト、西の砂漠にサジタリアを持つイルヴォール大陸の、一番南にある行商の街だ。
行商ルートが多いだけあり、そこからは様々な街に行く事が可能。
旅の足掛りには最適な場所だろう。
だが――
「ここからけっこうかかるでしょ? 馬を全力で飛ばしても明日中に着くのは厳しいんじゃない?」
「そうみたいですね。でも、なるべく早く行きたいってお師匠様が……」
困ったように笑うケイルに、ルージュは何かを思いついたかのように指を鳴らした。
「よし、同じ人間を師に持つよしみだ! 僕の足を貸すよ」
唐突な発言に、その場にいた全員がポカンと口を開いてしまった。
「足って……お前、何言ってんだ?」
目を細めながら言うブルーを静止して、ルージュはさらに続ける。
「彼に頼めばひとっ飛び! 今日の夜までにはドルクドに着けるでしょ」

――ひとっ飛び……

『あ』

ブルーとシランの二人がルージュの言わんとすることを理解した中、
「ケイル、何の事だ?」
「えぇっと……なんだろう……」
ヴァンリーブ兄弟だけが未だに首をかしげたままであった。





「……しかし、いざ調べてみるとすごい量だな」
ケイルとライルが姿を消し、しばらく本の山を崩していたブルーがポツリと漏らした。
「しかも良く分からない物が大量……」
シランも釣られるように言葉を吐いて、小さくため息を吐いた。
部屋に積まれている本たちは、想像以上にマニアックなもののようで。
普段、自分が目にしていた本の中では一項目に過ぎなかった内容が、一冊の本として掘り下げて書いたもの――ようするに専門書が多いのだろう。
「見つかるかな、ここから……」
本の並びは図書館と違って雑然状態だ。
規則正しければ多少探す手間は省けるが、こうなっていては一つ一つ開いていくしかない。
「ま、なんとかなるんじゃないか?」
不安げなシランに、ブルーは言いながら手にしていた本を山に戻す。
気休めかとブルーを見上げたシランは、その視線の先に気がついて少し表情を明るくした。

「……これじゃないな。これも違うだろうなぁ」

その先に居たのは、ブツブツと一人何かを言いながら本を次々と仕分けしていくルージュ。
それはテキパキとしたすばやい動きで、たまに題名を見つめ手を止めるものの、パラパラとページをめくればすぐさま判断を下している。
「早っ……」
「この手の探し物には強いだろ。コイツがいるんだ、なんとかなるさ」
少しばかり笑みを見せたブルーに、シランも小さく頷いて本の山に向き直った。













――『創造戦争』の本があった。

短く、そうつづってあったルージュの文字を見て、少しだけ心拍数が上がった。

――思ったより早かったな。

ケイルの父親の所有する書籍がどの程度かは知らないが、雰囲気から読めば相当数はありそうな気がした。
確実に見つけるには時間がかかると思っていたのだが。
やはり資料探しに慣れているルージュの助力のおかげだろうか。
「…………あ……」
ふとそこまで考えて足を止める。
「オレ、ケイルの家知らねーや」
人々の行き交う街道の真ん中で突っ立ち、ティミラを腕を組んで悩んだ。
ルージュから自分には簡単に連絡がつくが、その逆は難しい。
自分には魔術が扱えるわけがないし、自らの大陸で使う通信機器を渡しているわけでもない。
「まいったな……どうすっかな……」
ぼやきながら横を通り抜けていく人々を見渡し、辺りの商店に目を向けた。
「誰か知ってる人、いるかな」
街道を歩く人は――もしかしたら旅人の可能性もあるだろう。
確実に街を知っているとすれば。
「店か……」
ちらっと横目に見えた、果物や野菜の目立つ店。
街の生活に密着した物を扱う店なら、街の住民を知っている可能性も高いだろう。
立ち並ぶ人達に笑顔で声をかける、店主らしき女性に目をつけトコトコと歩み寄っていく。
「こんちわ、おばちゃん」
「いらっしゃい……って、旅人さんかしら?」
かっぷくの良い女性は首をかしげながらもにこやかに声を返してくれた。
「実はさー、ちょっと聞きたいことがあって」
「何かしらねぇ。分かる範囲なら答えるわよ?」
「ケイルって知ってる?」
ティミラの口から出された名前を復唱し、女性はすぐに大きく頷く。
「あぁ、ヴァンさんの所でしょ?」
「ヴァン?」
「ヴァンリーブよ。その子、ケイル=ヴァンリーブでしょ? なんでも今、旅をしてるって……」
「そう、それ! そいつの家を知りたいんだけど……」
そこまで聞き、女性は今一度頷いて側にあった紙切れに小さな地図を描いた。
「そう遠くは無いけど、住宅街はちょっと入り組んでるからね」
そう言って差し出された紙を見つめ、ティミラは笑みを浮かべながら側にあったリンゴを二つ手にし、女性に差し出した。
 
 
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